クッキーショップのある家近隣の人たちとつながりコミュニティの輪を広げる

クッキーショップのある家近隣の人たちとつながり
コミュニティの輪を広げる

M邸は通りから一歩奥に入った敷地に立つ。正面からだけでは全体像がつかみづらいその特徴的な多面体の壁面上部は大きく切り取られ三角形の開口が大胆に口を開けている。

その真下の、こちらもまた壁面に大きく開いた開口部分がM邸の玄関だ。ガラスの窓を通してクッキーやケーキがガラスケースの中とその上とに並ぶ様子を見て取ることができる。


通りに立てられたクッキーショップ“YOTSUHA”の看板。

通りに立てられたクッキーショップ“YOTSUHA”の看板。

通りから一歩奥まった敷地にあるM邸。通りからもクッキーやケーキが並ぶ様子が見える。

通りから一歩奥まった敷地にあるM邸。通りからもクッキーやケーキが並ぶ様子が見える。


近所の人たちとつながる

このM邸1階の部分はクッキーショップのスペースになっていて、奥さんがクッキーづくりと販売を手がけている。YOTSUHAという名前のこのお店は素材の良さを生かしたお菓子づくりが特徴で、販売するお菓子は20種類以上に及び、ネットでの販売も行っているが、奥さんは当初このスペースで本格的に商売を始めようという思いはなかったという。

「もうけ主義ではないので自分たちが食べるものとしてつくったものをお店に出すというような感じに近かったですね。ご近所のお母さんたちとか子どもの友だちとかが買いに来てくれるかな、ぐらいにしか考えてなかったんです」


クッキーショップ内部から窓ガラスを通して外を見る。このお店では「素材とかの安心安全を第一」に考えているという。

クッキーショップ内部から窓ガラスを通して外を見る。このお店では「素材とかの安心安全を第一」に考えているという。

クッキーを買いに来たお客さんに応対中の奥さん。子どもたちも昔の駄菓子屋感覚で気軽に訪れるという。

クッキーを買いに来たお客さんに応対する中の奥さん。子どもたちも昔の駄菓子屋感覚で気軽に訪れるという。


竣工から4年、そんな思いで始めたお店は今ではしっかりとこの土地に定着しているが、さらに話をうかがうと、こうしたスペースを住宅に併設するそもそものターゲットとしては、「クッキーをつくって売ること」よりも、皆が集まれる場所をつくって「近隣の人たちとつながってコミュ二ティみたいなものをつくること」の方に重心が置かれていたのだという。

イメージしたのは「今ちょっと時間があるなと思った方がクッキーを買いがてら様子を見に来てちょっとしゃべっていくような感じ」。今ではショップでのそうしたつながりからさらに発展して、半階上がったダイニングキッチンのスペースでワークショップも開く。何か得意な技術や知識などをもつお母さん方に先生役をしてもらうこともあるが、もちろん自身でもクッキーやケーキの作り方を教える。お母さん方だけでなく子どもたちも対象にした奥さんのワークショップの生徒さんの数は150人ほどにも上るという。


一番人気の三日月型をしたキプフェルは、口解けの良さと素材のうまみをストレートに伝える味とのコンビネーションが絶妙。

一番人気の三日月型をしたキプフェルは、口解けの良さと素材のうまみをストレートに伝える味とのコンビネーションが絶妙。

上がクッキーショップのスペース。その真下のスペースには浴室やトイレなどの水回りが収められている。

上がクッキーショップのスペース。その真下のスペースには浴室やトイレなどの水回りが収められている。


オープンで人が集まる家

近隣の人たちとつながってコミュニティみたいなものをつくれたらという奥さんの思いがここまで浸透してきたことと、この家の特徴あるつくりとは切り離して考えることはできないだろう。

M邸でまず特徴的なのは、それぞれの部屋を仕切る壁がまったくないこと。浴室などの水回りにも一切設けられていないという徹底ぶりだ。そして、部屋同士を半階ずつずらしたスキップスロアでつなげているのだが、どちらも狭い敷地でなるべくオープンで広く感じられるようにと建築家の坂野さんが考案したもの。


クッキーショップから半階上がったところがダイニングキッチン。ここではケーキづくりをはじめ種々のワークショップも行われる。

クッキーショップから半階上がったところがダイニングキッチン。ここではケーキづくりをはじめ種々のワークショップも行われる。

手前にリビング、下にダイニングキッチンのスペース。

手前にリビング、下にダイニングキッチンのスペース。
 

表側の大開口に面したリビング。サッシの内部側の壁開口のRのデザインがソフトな空気感をもたらしている。

表側の大開口に面したリビング。サッシの内部側の壁開口のRのデザインがソフトな空気感をもたらしている。

いちばん上のフロアからリビングスペースを見る。

いちばん上のフロアからリビングスペースを見る。

ダイニングキッチンは裏に設けられた大きな三角形の開口にも面している

ダイニングキッチンは裏に設けられた大きな三角形の開口にも面している

ダイニングキッチンからクッキーショップとリビングスペースを見る。

ダイニングキッチンからクッキーショップとリビングスペースを見る。


さらに、床・壁・天井のすべてに素材として使用されたラーチ合板の張り方も一工夫。単一素材にしたのはコスト面を考慮しての判断でもあったが、小さい空間でも奥行きが感じられるような板張りのパターンが考えられた。

「これは思ったより広く見える効果があっていいですね。それと、見上げた時に目の錯覚で天井がドーム型に見えるんです」と奥さん。住宅では珍しい形状の多面体にさらにこのような仕掛けが施されたこの家には、通常では味わえない軽やかで楽しげな空気感も漂う。


モノを少なめに抑えているという村上家。リビングはオーディオ関係とテレビのほかはソファとテーブルのみ。

モノを少なめに抑えているという村上家。リビングはオーディオ関係とテレビのほかはソファとテーブルのみ。

いちばん上のレベルよりリビングを見下ろす。夏にはハンモックをこの中央部分に吊って休むという。

いちばん上のレベルよりリビングを見下ろす。夏にはハンモックをこの中央部分に吊って休むという。


リビングから見上げる。壁が波打っているように見えるのは、ラーチ合板の張り方による目の錯覚。

リビングから見上げる。壁が波打っているように見えるのは、ラーチ合板の張り方による目の錯覚。


広がる人の輪

このようにオープンで人が思わず集まりたくなるような楽しさもあわせ持ったM邸につくられた1階のショップには、取材中にも入れ替わり立ち替わりとお客さんが訪れ、それぞれちょっとした雑談を交わして帰って行く。

そのうちの一人に「今日うさぎのキャラ弁つくった」と奥さんに伝えるお客さんがいた。お子さんと一緒に訪れたその女性はM邸で最近行ったキャラクター弁当の講座に来られた方という。そのお子さんに奥さんが「食べた?」「美味しかった?」とたずねる。

さらに、お客さんにキャラクター弁当を撮ったスマホの写真を見せてもらい「ああ、カワイイ!」と応じる奥さん。「これで大丈夫?」「うん、大丈夫」ーーこんな会話が自然に続いていく。


裏の駐車場より見る。こちらにも三角形の大きな開口がつくられていて内部に十分な光をもたらす。

裏の駐車場より見る。こちらにも三角形の大きな開口がつくられていて内部に十分な光をもたらす。

第1、第3木曜日開催の“マルシェ”。朝採りの有機野菜や天然酵母を使ったパンなどのほか絵本なども並べられる(写真提供=フラットハウス)。

第1、第3木曜日開催の“マルシェ”。朝採りの有機野菜や天然酵母を使ったパンなどのほか絵本なども並べられる(写真提供=フラットハウス)。


第1、第3木曜日には家の前の通路を開放して、マルシェと称して青空市場も行っているという奥さん。都会では、人づきあいの薄さがもたらす種々の弊害が指摘されて久しいが、クッキーショップという場を通して気張らず自然体で人とのつながりの輪を広げまた着実に浸透させている奥さんの活動を知り、こうした場が増えていけばこの社会もすこしずついい方向へと変わっていくのではないか、そんな思いを抱いた。


M邸(ツボミハウス)
設計 フラットハウス
所在地 東京都世田谷区
構造 木造
規模 地上2階地下1階
延床面積 79㎡