東京という森に浮かぶひとつの船陰影と質感にこだわってつくり上げた“静かな家”

東京という森に浮かぶひとつの船陰影と質感にこだわって
つくり上げた“静かな家”

一際目を引く寡黙な外観

竣工後1年に満たないM邸にお邪魔した。場所は、東急東横線の駅から歩いて10分ちょっと。近くには幹線道路が走るが、周囲にはそのような立地を感じさせない閑静で落ち着いた佇まいの家並みが続く。

M邸のグレーの外壁はモルタル色粉入りしごき材仕上げ。手前の開口のない壁の左右に、それとはそれぞれ高さの異なる壁が少し奥まって立っている。この寡黙でフラットな壁面に対して、道路際に立つ表札のかかげられた塀は、薄くスライスされた石材を重ねた、質感へのこだわりを感じさせるデザインが対照的だ。


グレー系でまとめらた外観。静かな佇まいと質感が印象的。

グレー系でまとめらた外観。静かな佇まいと質感が印象的。

玄関から見る。左に中庭。家の中に入るとすぐに、心地良い静けさと質感とが感じられる。

玄関から見る。左に中庭。家の中に入るとすぐに、心地良い静けさと質感とが感じられる。


陰影のある家

玄関を入って1階の中庭のあたりにまで進むと、心地良い静けさと質感がすぐさま肌にまで浸透してくるかのよう。さきほどの外壁や塀の仕上げは、この心地良さを予告していたようにも感じられる。

しっとりと落ち着いたその空気感は、階により濃淡をもちながらこの家の大きな特徴になっている。
この空気感をつくり出すのに大きく寄与しているのが、室内のそこここにつくりだされている陰影である。
Mさんは、明るすぎる家は嫌だったと話す。

「開放的で明るい家は、僕も妻も好みではなかったので、建築家の浅利さんには、できるだけ陰影のあるような家が希望です、とお伝えしました」


奥に玄関。左のソファがMさんのいちばん好きな場所という。明るい中庭に対して周囲の陰影のある空間が対照的。

奥に玄関。左のソファがMさんのいちばん好きな場所という。明るい中庭に対して周囲の陰影のある空間が対照的。

玄関にはモルタルの中に御影石が2つ埋め込まれている。味のある表情が印象的。

玄関にはモルタルの中に御影石が2つ埋め込まれている。味のある表情が印象的。

階段から中庭を見る。

階段から中庭を見る。

浴室前から中庭を見る。中庭手前の床に開けられた部分から地階へと光が落ちる。

浴室前から中庭を見る。中庭手前の床に開けられた部分から地階へと光が落ちる。

白いソファから見た中庭。1階の正面は寝室。

白いソファから見た中庭。1階の正面は寝室。


森の中に浮かぶ船

この陰影からもたらされる静けさは、車がひっきりなしに行き来する幹線道路が間近にあることを忘れさせてしまうほど。この静けさは、Mさんが浅利さんに伝えた“森の中の船”のイメージとも通じているように感じられる。

「舟をつくってください、と言ったんですね。東京で生きていくにはさまざまなハードルがあるので、帰って来てホッとできる場所が必要です。僕の中では、森のような東京の只中にポコっとあるのが家という感じがあって、そのような小さい家が、肩を寄せ合って建っている。その一戸一戸が舟のような気がしていたんですね」


「起きてカーテンを開けたら、気持ちの良いグリーンと朝日と空しか見えない。本当に気持ちいいです」(奥さん)。

「起きてカーテンを開けたら、気持ちの良いグリーンと朝日と空しか見えない。本当に気持ちいいです」(奥さん)。

「ここは村上春樹がいう“自分の井戸に降りていく”ような場所。上に上がるに従い、人との対話の場所になっていく」(Mさん)。

「ここは村上春樹がいう“自分の井戸に降りていく”ような場所。上に上がるに従い、人との対話の場所になっていく」(Mさん)。


外光のみの状態の地下1階。光と陰のコントラストが美しい。奥の光はトップライトから落ちてきたもの。右の机で作業をするときは中庭の脇に設けられた明り取りから落ちてくる光のみで十分だ。

外光のみの状態の地下1階。光と陰のコントラストが美しい。奥の光はトップライトから落ちてきたもの。右の机で作業をするときは中庭の脇に設けられた明り取りから落ちてくる光のみで十分だ。


本質を伝える

M邸の魅力であるしっとりと落ち着いた空気感は、陰影とともにモルタル、石、木、土壁などの質感によるところも大きいが、Mさんは浅利さんに素材について具体的なリクエストをすることはなかったという。

「もともと浅利さんとは感覚的な部分がとても合うので、設計をお願いすることにしたのです。僕は抽象的な話ばかりしていましたね。床をモルタルにして下さいといった具体的なことは一度も言ったことがないのですが、すべてこちらの望むものが出てくるという感じでした」


階段脇のヴォイドがトップライトの光を地階にまで導く。

階段脇のヴォイドがトップライトの光を地階にまで導く。

中庭から見上げる。

中庭から見上げる。


2階リビングからダイニングと中庭を見る。中庭を諸室が囲む構成がよく分かる。外部の自然現象やノイズを室内からも感じられる家にしたいと思っていたMさんは、中庭周りの光の変化や回遊性にはとてもこだわったという。

2階リビングからダイニングと中庭を見る。中庭を諸室が囲む構成がよく分かる。外部の自然現象やノイズを室内からも感じられる家にしたいと思っていたMさんは、中庭周りの光の変化や回遊性にはとてもこだわったという。

2階階段前から外の階段と中庭を見る。

2階階段前から外の階段と中庭を見る。

2階からは中庭と屋上の緑が両方楽しめる。

2階からは中庭と屋上の緑が両方楽しめる。


素材の選択にとどまらず、空間からドアの取っ手などディテール部分まで、「本当に僕が言葉で伝えられなかったことを形にしてもらえた」とMさんは話す。
一方、建築家の浅利さんは、光のコントラストなど家づくりにおいての本質的な部分をMさんが話されるので、案を出すまでが通常よりもスムーズだったという。

「Mさんは本質的なことを言われるので、素材だけでなく、素材がつくり出すシーンや雰囲気、空気感などまで話をすることができました」と浅利さん。


2階リビングからダイニングを見る。ダイニングから左に折れると右側にキッチンがある。正面のスリット状の窓の中心は、この家へと突き当たる道の中心と揃えているという。

2階リビングからダイニングを見る。ダイニングから左に折れると右側にキッチンがある。正面のスリット状の窓の中心は、この家へと突き当たる道の中心と揃えているという。

左の屋上へと続く階段は厚さ30mmの木板の踏み面と蹴上げだけでつくられた軽やかなつくり。左のダイニングテーブルは浅利さんのオリジナルデザイン。照明なども含め家具はほとんどこの家のためにデザインされたものという。

左の屋上へと続く階段は厚さ30mmの木板の踏み面と蹴上げだけでつくられた軽やかなつくり。左のダイニングテーブルは浅利さんのオリジナルデザイン。照明なども含め家具はほとんどこの家のためにデザインされたものという。

奥さんがクローズなつくりにして良かったというキッチン。幅が狭いため親密感の感じられる空間になっている。

奥さんがクローズなつくりにして良かったというキッチン。幅が狭いため親密感の感じられる空間になっている。

階段と同様に天井もリビング側から上昇して行く。無垢の木の構造を見せて空間の大きなアクセントとしている。

階段と同様に天井もリビング側から上昇して行く。無垢の木の構造を見せて空間の大きなアクセントとしている。


中庭がつくり出した“居場所”

素材やディテールなど、Mさんがうまく言語化して伝えられないものまで浅利さんが良くくみ取って具体化してくれたが、中庭に関しては今の位置に決まるまで紆余曲折があったという。

「今回は、いわゆるヴォイドをどこにつくるかということで悩みました。最後に今のプランにおさまったわけですが、結果として、いろいろな居場所が家の中にできました」

中庭=ヴォイドをつくることによって、夫婦と子供の家族4人それぞれのための居場所ができたという。また、中庭はもちろん家の中に緑を織り込むのにも大きく貢献している。

「この辺りは、借景できる場所が周りには無いので、家の敷地の範囲内で緑をつくっていかなくてはいけないと考えました。中庭をつくったことにより、どこにいてもつねに緑と接することができるようになったのは、とても大きかったと思いますね」


ペントハウスからリビングを見る。

ペントハウスからリビングを見る。

屋上の道路側に出っ張った部分は、当初、和室をつくることが考えられていたという。

屋上の道路側に出っ張った部分は、当初、和室をつくることが考えられていたという。

光に満ちた中で植栽の緑が映える屋上空間。

光に満ちた中で植栽の緑が映える屋上空間。


屋上から2階を見る。階段を下りて室内に入ると正面に階段、左に廊下を介してリビングがある。

屋上から2階を見る。階段を下りて室内に入ると正面に階段、左に廊下を介してリビングがある。


「1階の白いソファに座っている時が気持ちいい」というMさん。奥さんは、Mさんがいないなと思うとだいたいソファで休んでいることが多いという。「明るさの感じと質感の混ざり合い具合、そして植物があるということ全部をひっくるめて、僕は1階がすごく落ち着きますね」(Mさん)。

1年間、家づくりでは浅利さんとコミュニケーションをとりながら、どのような感じになるのかシミュレーションを重ねてきたMさん。実際に住んでみて、はじめからまったく違和感が無かったという。その違和感のなさを「完璧」とも表現したMさんは、東京という森の中に浮かぶこの静かな船に、とても満足しているようだった。


M邸
設計監理 LOVE ARCHITECTURE INC. / 浅利幸男
所在地 東京都目黒区
構造 木造、一部RC造
規模 地上2階地下1階
延床面積 158.3㎡