Architecture

どこにいても自由で楽しい家4面すべてガラスの開放空間に
鎌倉の空気感を取り込む

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テントをかぶせる

建築家の石井さんが自邸を建てたのは、鎌倉駅から歩いて10分ほどの山側の緑に囲まれた敷地。古都らしく、ちょっとしたところにも脈々と受け継がれてきた美意識のようなものが感じられる空気感が好きで、鎌倉は石井さんが以前から住みたいと思っていた街だった。
自邸は、周囲の自然とともにこの空気感を丸ごと感じられるようなものにしたいと考え、設計ではそれをいかに取り込むかがメインのテーマになったという。
そして出てきたのが、その空気を切り取ってテントをかぶせるというイメージ。2階を4面とも全面ガラスにし、方形屋根をテントとみなしてその上に浮かすというアイデアで、この家のデザインの核の部分が決まった。


2階のLDKのスペース。外の8本の柱は、屋根だけを支えていることが分かるように開口のフレームとはわざとずらしている。
2階のLDKのスペース。外の8本の柱は、屋根だけを支えていることが分かるように開口のフレームとはわざとずらしている。

北側から南側を見る。奥がキッチン。
北側から南側を見る。奥がキッチン。

天井は漆喰仕上げに

2階の白い天井はテントをかぶせただけというイメージそのままの軽やかさが印象的だが、設計途中でいったん木に変更したものを初期案の漆喰仕上げに戻したのだという。

「最初は漆喰にしようと思っていたのを、模型で何度も白い天井と木の天井を見比べて木に変えたんですが、現場で再度検討したところ木の質感が重くなりすぎて浮遊感が感じられなかったため、結局、元の漆喰に戻しました」


キッチンから北側の緑を見る。南からの光が当たり緑が色鮮やかに見える。石井さんはキッチンから見える景色がいちばんきれいだという。
キッチンから北側の緑を見る。南からの光が当たり緑が色鮮やかに見える。石井さんはキッチンから見える景色がいちばんきれいだという。

最初に漆喰仕上げにしようと考えたのは、漆喰の調湿効果を期待してのことだったという。たとえば夏場の暑い時に窓から入る風は生暖かくて気持ちのいいものではないが、この調湿効果によって全体の湿度を抑えることで多少心地の良いものに変わるのではないか、そうすれば夏場でもエアコンなしでの生活ができるのではないか、そのような読みがあった上での選択だった。


ロールスダレを下げると一気に和の雰囲気に。屋根に換気扇が仕込んであり、夏はロールスダレを収めた場所から暖められた空気を外へと逃がし、冬は逆に屋根で暖められた空気が噴き出す仕掛けになっている。
ロールスダレを下げると一気に和の雰囲気に。屋根に換気扇が仕込んであり、夏はロールスダレを収めた場所から暖められた空気を外へと逃がし、冬は逆に屋根で暖められた空気が噴き出す仕掛けになっている。
窓際でもごろんと寝転がれるように畳を採用している。冬はガラス面が冷えて足もとが寒くなるため、熱線と発熱ガラスを用いた“窓暖”を採用している。
窓際でもごろんと寝転がれるように畳を採用している。冬はガラス面が冷えて足もとが寒くなるため、熱線と発熱ガラスを用いた“窓暖”を採用している。
キッチン裏にある階段。2階と1階の明るさの違いがわかる。
キッチン裏にある階段。2階と1階の明るさの違いがわかる。
窓を開けると、キッチンの脇から1階のテラスへと降りることができる。
窓を開けると、キッチンの脇から1階のテラスへと降りることができる。


陰影のある空間

石井邸ではまず、この軽やかな天井のもと四方に向けて開放された2階の空間の心地よさに引き付けられるが、この2階とは対比的につくられた1階の空間も特徴的なつくりで魅力のある空間になっている。

客を招いての食事会も行う2階とプライベート空間をまとめた1階とでは明るさがきわだって異なる。特にベッドの置かれたコーナーは、昼間でもかなり暗め。1階では全体的に光量を押さえて、鎌倉らしい陰影のあるしっとりと落ち着いた空間をつくろうと考えたという。


2階とは対照的なしっとりと落ち着いた暗さが特徴の1階北側の空間。黒い壁に囲まれた部分には、ウォークスルークローゼットとトイレ、収納が入っている。
2階とは対照的なしっとりと落ち着いた暗さが特徴の1階北側の空間。黒い壁に囲まれた部分には、ウォークスルークローゼットとトイレ、収納が入っている。
右側に玄関がある。右のテーブルの奥にベッドが置かれている。
右側に玄関がある。右のテーブルの奥にベッドが置かれている。
ベッド脇の開口が隣家の緑をちょうどいい具合にフレーミングしている。
ベッド脇の開口が隣家の緑をちょうどいい具合にフレーミングしている。


自由な回遊空間

この1階は真ん中のウォークスルークローゼットの周りをぐるりと回遊できるつくりになっている。回遊空間は石井さんが日ごろから設計のテーマとしているもので、この家のためだけに考えられたものではないが、この空間はまた街路をイメージして設計したものでもあるという。

空間の幅を変え、段差もつくりつつ、片や床から40cmの部分に小さな開口を開け、片やテラスに面した開口は大きく開けるといった具合に空間に変化をつけた。場所ごとに異なる印象を与えると同時に、たとえば段差の部分に椅子がわりに腰掛けることができたりと、使い方を限定しない自由さもあわせもっている。この自由な感じをヨーロッパでよく見かける街路にたとえているのだ。


バスはシャワーカーテンで囲える。バス乾燥機を設置し、また漆喰の調湿効果もあるため、湿気の心配はないという。
バスはシャワーカーテンで囲える。バス乾燥機を設置し、また漆喰の調湿効果もあるため、湿気の心配はないという。
テラスからバスのある空間を見る。階段を上がるとキッチンの脇に至る。
テラスからバスのある空間を見る。階段を上がるとキッチンの脇に至る。
ベッドの置かれた空間から見る。左の壁には戸が仕込まれていて、ウォークスルークローゼットを通って玄関側へと抜けられる。
ベッドの置かれた空間から見る。左の壁には戸が仕込まれていて、ウォークスルークローゼットを通って玄関側へと抜けられる。


そうした住む人間のアクティヴィティを限定しない自由さを目指す石井さんの家づくりは、同時にまた、どの場所も手を抜かず、「気持ち良さ」へ向けても妥協なく注力されている。その結果、石井さんはこの家でお気に入りの場所をひとつに絞るのは難しいという。


バスのある空間からテラスを見る。内側の暗めの空間に縁どられて外の緑がいっそう映えて見える。
バスのある空間からテラスを見る。内側の暗めの空間に縁どられて外の緑がいっそう映えて見える。

どこもかしこもお気に入り

「お風呂もすごく気持ちがいいし、1階のテーブルのあたりも風がよく通り、涼しくて気持ちがいい。2階の床に寝転んでの昼寝も気持ちが良く、テラスに出て座っていると気持ちが良くてそのまま寝てしまう。どこもこんな感じなので、どの場所がいちばんとは限定できないですね」

大胆なアイデアのもと隅々にまで創意を尽くしてつくられたこの自邸は、周囲の緑も含めた経年変化により、また違った味が出てきそうに思われた。
取材では話題にしなかったが、当然のこと、そこまでも周到に計算して設計されているのではと勝手に推測した。


開放的な2階と閉じた1階が対比的に見える石井邸。隣家や隣地の緑との関係もうまく調整されている。2階の床レベルは視線が抜けるように裏手にある道とレベルをそろえている。
開放的な2階と閉じた1階が対比的に見える石井邸。隣家や隣地の緑との関係もうまく調整されている。2階の床レベルは視線が抜けるように裏手にある道とレベルをそろえている。

天井の下端部分をちょうど自身の目の高さ当たりに設定している。この高さだと、目線の高さに屋根が見えて包まれた安心感がある一方、座ると水平に抜ける開放感を味わうことができる。
天井の下端部分をちょうど自身の目の高さあたりに設定している。この高さだと、目線の高さに屋根が見えて包まれた安心感がある一方、座ると水平に抜ける開放感を味わうことができる。

石井邸
設計 石井秀樹建築設計事務所
所在地 神奈川県鎌倉市
構造 鉄骨造
規模 地上2階
延床面積 95.22m2