次の世代に残したい家作品性の高い建築を丁寧にレストアして住む

次の世代に残したい家作品性の高い建築を
丁寧にレストアして住む

海からほど近い高台に、入川秀人さんが気になる家を見つけたのが4年前。長い間放置されていたその家は、蔦が絡まり、熊笹が生い茂る荒れ果てた状態だったが、外から雨どいが見えないように工夫してしつらえた屋根や、手の込んだ門の鉄扉のディティールから、ただならぬ存在感を感じたという。

調べてみると、前川國男の弟子筋の設計で、1960年代後半に建てられたものだとわかり、購入を決意する。

「細かな部分までよく考え抜かれて作られていた建物だったので、丁寧に修復して元の姿に復元して、次の世代に残さなくてはと思ったんです」

〈TSUTAYA TOKYO ROPPONGI〉や〈UT STORE HARAJYUKU〉〈WIRED CAFE〉〈Cafe 246〉など、数々の人気店舗のプロデュース、街づくりや企業ブランディングなど、幅広く活躍してきた入川さん。その経験も生かしながら、設計者の意図と、この家にかかわった職人の心意気をそのまま伝えたいと、約1年の時間をかけて修復した。3年前に完成し、金曜日から月曜日までの週末を、ここ湘南の地で過ごしている。


手前は、1959年式ポルシェ356A。奥には、これもラリー仕様のミニ・クーパーが。

手前は、1959年式ポルシェ356A。奥には、これもラリー仕様のミニ・クーパーが。

キットを輸入して作った大型のガレージには、入川さんの遊び道具が満載。入り口には、ビクターの工場から譲り受けた"HIS MASTER'S VOICE”の看板がかかる。

キットを輸入して作った大型のガレージには、入川さんの遊び道具が満載。入り口には、ビクターの工場から譲り受けた”HIS MASTER’S VOICE”の看板がかかる。

アームを傾けるとコードが巻き取られる様子が面白いアメリカ製のデスクライト。遊びの計画は、ガレージ内のデスクで練る。クルマを何台も所有している入川さんは、レースに合わせてどのクルマをどの拠点に持ってくるのかの、楽しい算段に頭を悩ませる日々。

アームを傾けるとコードが巻き取られる様子が面白いアメリカ製のデスクライト。遊びの計画は、ガレージ内のデスクで練る。クルマを何台も所有している入川さんは、レースに合わせてどのクルマをどの拠点に持ってくるのかの、楽しい算段に頭を悩ませる日々。

英国アレックス・モールトンの自転車。ガレージの奥には、ツーリング用の88年式ハーレーダビッドソン、ホンダTLも。スポーツの種目に合わせたヘルメットがズラリ。

英国アレックス・モールトンの自転車。ガレージの奥には、ツーリング用の88年式ハーレーダビッドソン、ホンダTLも。スポーツの種目に合わせたヘルメットがズラリ。

遊び関連の書籍はガレージに。サーフボード、スノーボード、釣りの道具も充実。ウエアは遊びの種類ごとに分けてラックに。

遊び関連の書籍はガレージに。サーフボード、スノーボード、釣りの道具も充実。ウエアは遊びの種類ごとに分けてラックに。

レースによってタイヤも履き替える。海外へのオーダーは何ヶ月も到着を待たなければならないので、消耗品のストックはマストだ。

レースによってタイヤも履き替える。海外へのオーダーは何ヶ月も到着を待たなければならないので、消耗品のストックはマストだ。


いい時代のものを、いい状態で保つ。

入川さんがこの湘南の地で家を探していたのは、箱根にクルマでツーリングに出かける拠点を作りたかったからだそう。なので敷地内にガレージを建てられることも家探しの必須条件。

「クルマが大好きで、ヴィンテージと言われるクルマも何台か所有しています。家の修復もクルマのレストアと同じで、壊れてしまったからといって、ただ単に現代のものと交換してしまっては、保存しているとは言えません。クラシックカーに今のクルマの流行りのパールメタリック塗装を施しても似合わないのと同じように、1960年代の家に最新式の建材を合わせても不自然さが残るんです。なので、古いパーツをコツコツ集めながら家を修復しました」


リビングで圧倒的な存在感を放つ、マニア垂涎の57年製のデッドストックのJBLのスピーカー〈パラゴン〉。

リビングで圧倒的な存在感を放つ、マニア垂涎の57年製のデッドストックのJBLのスピーカー〈パラゴン〉。

パラゴンには、ヴィンテージのマッキントッシュの真空管アンプをつないでいる。

パラゴンには、ヴィンテージのマッキントッシュの真空管アンプをつないでいる。

テーブルは北欧のヴィンテージ。チェックのカーペットは、フローリングを切り込んで敷き詰めるフェルトグリッパー工法で施工。

テーブルは北欧のヴィンテージ。チェックのカーペットは、フローリングを切り込んで敷き詰めるフェルトグリッパー工法で施工。


その時代の音を、同じ世代の家で聴く。

リビングに鎮座しているのは、JBLの名機〈パラゴン〉。1957年から30年ほど生産されたスピーカーだ。音の再現性はスピーカーの設計段階で究め尽くされているので、置くだけでいい音が聴けるという、この当時流行した家具調スピーカーだ。

「現存する〈パラゴン〉の中で、世界で一番状態がいいと思います」と入川さんが胸を張るほどの、状態のいい美しいデッドストック。

その〈パラゴン〉の音を聴かせていただいたのだが、ボサノバのレコードに針を落とすと同時にリビングに柔らかく広がる臨場感溢れる重低音と、伸びやかでリアルな再現性のボーカルに鳥肌が立つ……。〈パラゴン〉の音を、同じ年代の空間で聴ける贅沢は、この家ならではの魅力だ。


左のアクリルの球体の中に収まっているのはブラウン管のテレビ。デジタル放送になってしまったので、残念ながら今は映らない。

左のアクリルの球体の中に収まっているのはブラウン管のテレビ。デジタル放送になってしまったので、残念ながら今は映らない。

火山岩に植えられた多肉植物。「実は一度も水をあげたことがないんですが、この場所でちゃんと育ってます」

火山岩に植えられた多肉植物。「実は一度も水をあげたことがないんですが、この場所でちゃんと育ってます」

北極グマが鎮座するデンマークのポール・M・ボルザーのデザインのコロナチェア。

北極グマが鎮座するデンマークのポール・M・ボルザーのデザインのコロナチェア。

ベッドルームに置かれているのは、イタリアはブリオンベガ社のラジオ。1964年のマルコ・ザヌーソデザインの復刻版。

ベッドルームに置かれているのは、イタリアはブリオンベガ社のラジオ。1964年のマルコ・ザヌーソデザインの復刻版。

玄関に飾られているミッドセンチュリーのスイスデザインのポスター。多くのコレクションをお持ちだそう。

玄関に飾られているミッドセンチュリーのスイスデザインのポスター。多くのコレクションをお持ちだそう。


この家が建てられた1960年代後半といえば、日本が一番元気だった頃。海外のミッドセンチュリーのケーススタディハウスの要素を、日本の材料を使って作られたモダン建築だ。

「見よう見真似で設計したのでしょうが、結果として和洋折衷なモダン住宅ができあがったようです。8畳+6畳の伝統的な和室もちゃんとありますし、実は瓦屋根なんです」


黒の玄昌石を贅沢に使ったテラスが美しい。熊笹や蔦で荒れ放題だった庭も手入れをして、キレイに蘇った。

黒の玄昌石を贅沢に使ったテラスが美しい。熊笹や蔦で荒れ放題だった庭も手入れをして、キレイに蘇った。

新橋の〈堀商店〉でしつらえられたレバーハンドル。手の込んだ細かな細工が美しい。

新橋の〈堀商店〉でしつらえられたレバーハンドル。手の込んだ細かな細工が美しい。

日本製の建材だけで建てられている中、唯一海外のものなのが、このドイツ製のシステムキッチン。

日本製の建材だけで建てられている中、唯一海外のものなのが、このドイツ製のシステムキッチン。

外から雨どいが見えないように工夫された屋根の庇。「建築家の気持ちが手に取るようにわかったので、この家に惹かれました」

外から雨どいが見えないように工夫された屋根の庇。「建築家の気持ちが手に取るようにわかったので、この家に惹かれました」

スイッチプレートもメーカーにストックが残っていなかったので、沖縄でデッドストックを探したそう。

スイッチプレートもメーカーにストックが残っていなかったので、沖縄でデッドストックを探したそう。


カリフォルニア州のパームスプリングスに建てられたモダン住宅・ケーススタディハウスにはないのに、瓦屋根の日本家屋には必要なアイテムが雨どい。

「それは隠したいと思ったのでしょう。キレイに目隠ししてあって、その努力がとてもおもしろいと思いました」と入川さん。

この家をレストアするために、当時使われていたパーツを根気よく探したそうだ。たとえばスイッチプレートは、沖縄でデッドストックを探し当てた。

「当時の大工さんはとても丁寧な仕事をしていたようです。スイッチプレートのネジの溝にゴミが溜まらないように、溝が床と垂直になるようにきちんと締められています。幸い、内装は再生できるものが奇跡的に残っていました。天井の布クロスは当時のものです。カーテンは何度も洗って、そのまま使うことができました。少し丈が縮んでしまいましたが(笑)」

傷んでいたクロスは、当時使われていた通気性のいい素材のものに張り替えた。

「日本の家は、長く使って次の世代へ残すという発想が少ないように感じます。家は本来、50年、100年と住み続けられるもの。この家に丁寧に住み続けて、次の世代へ渡したいと思っています」