Style of Life

大工棟梁の家 「茶室」という
聖域のある住まい

設計士兼大工の自邸 「茶室」という聖域のある住まい
「設計から大工まで」をスローガンに、家づくりをトータルで手がける「鯰組」代表・岸本耕さんの自邸が建つのは、渋谷区の閑静な住宅街。約2年前に完成したこの家には、岸本さんご夫婦と中学生の息子さん、小学生のお嬢さんの4人家族が暮らす。ご自身が設計士であり大工でもある岸本さんは、この家に自らの技と想いを注ぎ込んだ。「私の家は、家づくりのプロ集団『鯰組』ができることをお見せする、モデルハウス的な役割もあるんです」。


スタイリッシュながら和を感じさせる外観。外壁の色は赤土色。
スタイリッシュながら和を感じさせる外観。外壁の色は赤土色。
お茶の稽古がある日は看板を出す。
お茶の稽古がある日は看板を出す。


地下に潜む見事な茶室

岸本邸でまず驚かされるのは、地下フロア全体が本格的な茶室になっていること。地下に降りると、民家とは思えない、静謐で背筋が伸びるような空間に圧倒される。岸本さんは「最初からお茶室をつくることは決めていました」と話す。

実はこの茶室は、1890年に日本橋に設立した社交倶楽部「日本橋倶楽部」にあったという由緒あるもの。倶楽部が「コレド室町」に移転する際に、鯰組が解体を請け負い、茶室の一部分を岸本邸に移築したのだ。

「今では真似できない技もちりばめられていて、とても価値のあるものだと感じます」と岸本さん。解体資材を組み直した地下の茶室は、地上部から約一年遅れて完成した。

約10年前から稽古を始めた岸本さんは、茶道の師範でもある。自邸に先生を招いて生徒さんを募り、月1回の稽古も行っているそうだ。「自邸にお茶室、おすすめですよ。一般的な家でも和室に炉を切ればお茶室がつくれます。私は稽古以外でも、1人で考え事をしたり集中したい時に地下に降りてきます。言ってみれば我が家の聖域のようなものですね」。


茶席の前の控え室「寄付(よりつき)」。美しく弧を描く竹の天井や障子枠は「日本橋倶楽部」から移築。
茶席の前の控え室「寄付(よりつき)」。美しく弧を描く竹の天井や障子枠は「日本橋倶楽部」から移築。
「小間」と呼ばれる茶室でお茶を点てる岸本さんと鯰組広報の堀田さん。萩の網代天井は、今ではなかなかつくれないものだそう。
「小間」と呼ばれる茶室でお茶を点てる岸本さんと鯰組広報の堀田さん。萩の網代天井は、今ではなかなかつくれないものだそう。

寄付の障子を開けて中庭を見る。地上からの光がほの暗い地下に届き神秘的。
寄付の障子を開けて中庭を見る。地上からの光がほの暗い地下に届き神秘的。
凝った形の天井の明り取り窓。この窓も日本橋倶楽部から。
凝った形の天井の明り取り窓。この窓も日本橋倶楽部から。
茶席の準備や片付けをする「水屋」も完備。
茶席の準備や片付けをする「水屋」も完備。
 
「蹲踞の周りは谷底や水辺のイメージにします。我が家ではトクサを植えました」と岸本さん。
「蹲踞の周りは谷底や水辺のイメージにします。我が家ではトクサを植えました」と岸本さん。


「広間」と呼ばれる大きめの茶室。小間よりも気軽な雰囲気で薄茶をいただく部屋なのだそう。床には、独特の赤褐色で知られる島根県の石州瓦を使っている。
「広間」と呼ばれる大きめの茶室。小間よりも気軽な雰囲気で薄茶をいただく部屋なのだそう。床には、独特の赤褐色で知られる島根県の石州瓦を使っている。

中庭から見上げると空が抜けて見える。
中庭から見上げると空が抜けて見える。
 
広間から小間の方を見る。広間の名前は「杏菖斎」、小間の名前は「龍子庵」といい、2人のお子様の名前から付けたそう。
広間から小間の方を見る。広間の名前は「杏菖斎」、小間の名前は「龍子庵」といい、2人のお子様の名前から付けたそう。
地下と1階をつなぐ階段。職人の手によって見事な左官仕事が施されている。
地下と1階をつなぐ階段。職人の手によって見事な左官仕事が施されている。
掛け軸を選ぶのも岸本さん。「私の両親も茶道好きなのでそこから影響を受けたんでしょうね」。
掛け軸を選ぶのも岸本さん。「私の両親も茶道好きなのでそこから影響を受けたんでしょうね」。


コの字型の2階は家族のスペース

子ども部屋、寝室や水回りがある1階をはさみ、2階へ上がると、大きな窓からたっぷりと光が入るリビングとダイニングになっている。

「地下の聖域から一転、2階は家族団欒のスペースです」と岸本さん。リビングとダイニングの2つの部屋を渡り廊下でつないだコの字型の構造になったのは、地下の茶室に中庭をつくったためだそう。リビングとダイニングのどちらにいても、もう一つの部屋に居る人の息づかいが感じられる。「私はリビング、妻はダイニングにそれぞれデスクを持っていて、なんとなくテリトリー分けがされています(笑)。子どもたちはその間をうろちょろしていますね」。

大工の技を生かした木の家ながら、あまり和風には偏らない内装にしたかったという岸本邸。日本の大工の技とヨーロッパ調の家具が調和した2階の住空間は、訪れる人に新鮮な印象を与えてくれる。


玄関を入ったところ。地下に行けば静謐な茶室、2階に行けば家族の団欒スペース。
玄関を入ったところ。地下に行けば静謐な茶室、2階に行けば家族の団欒スペース。
リビングの天井の材は葦。ゆるく湾曲させ、地下の竹天井と呼応させている。造りつけの収納棚を閉めればテレビなども隠れてすっきりした印象に。「オレンジのアンティーク椅子は妻の嫁入り道具です」。
リビングの天井の材は葦。ゆるく湾曲させ、地下の竹天井と呼応させている。造りつけの収納棚を閉めればテレビなども隠れてすっきりした印象に。「オレンジのアンティーク椅子は妻の嫁入り道具です」。
リビングから渡り廊下を通してダイニングを見る。家族の気配を感じることができる。
リビングから渡り廊下を通してダイニングを見る。家族の気配を感じることができる。

岸本邸の周りには緑が多く、借景も見事。重厚なダイニングテーブルはイギリスのアンティークで、ご両親が使っていたもの。
岸本邸の周りには緑が多く、借景も見事。重厚なダイニングテーブルはイギリスのアンティークで、ご両親が使っていたもの。
明るくて広々としたキッチン。
明るくて広々としたキッチン。


床の間と暖炉は似ている

リビングの堂々たる大黒柱は、明治時代の古民家の床柱を移築したもので、少なくとも100年以上の歴史を持つ。そこに残るほぞ穴の中をよく見ると、小さな仏像が鎮座していた。床柱のすぐ隣には、日本の住宅には珍しい暖炉がある。「私は子どもの頃イギリスに住んでいたのですが、向こうの家には大体暖炉がありました。一方で、伝統的な和室には床の間と床柱がありますよね。私の感覚で、和室の『床の間』と洋室の『暖炉』の位置づけは似ているんです」。床柱と暖炉の一角は、岸本さんのルーツである日英両国の伝統を反映させたスポットなのである。

地下1階、地上2階建ての家に、設計と大工の技術、静謐な茶室、明るい家族団欒のスペースを見事に取り入れた岸本邸。「見学に来てくださるお客様も多いんです。住宅の新しい可能性を感じてくだされば嬉しいですね」(岸本さん)。


岸本家のパワースポット(?)。明治時代のケヤキの床柱と暖炉。
岸本家のパワースポット(?)。明治時代のケヤキの床柱と暖炉。
床柱のほぞ穴をよく見ると、金色の仏様が仕込まれている。
床柱のほぞ穴をよく見ると、金色の仏様が仕込まれている。
屋上もコの字型になっていて見晴らしがよい。ここでBBQをしたりビールを飲んだりするそう。
屋上もコの字型になっていて見晴らしがよい。ここでBBQをしたりビールを飲んだりするそう。

鯰組/株式会社 吉川の鯰

岸本邸
設計・施工 鯰組
所在地 東京都渋谷区
構造 地下コンクリート造・地上部分木造
規模 地上2階地下1階
延床面積 98.5m2