茅ヶ崎の記憶を継承する家分棟してできたスペースを気持ちのいい風が吹き抜ける

茅ヶ崎の記憶を継承する家分棟してできたスペースを
気持ちのいい風が吹き抜ける

避暑地の別荘?

M邸は茅ヶ崎の海から歩いて15分ほどの住宅地に建つ。奥さんの実家が近く、以前は親類の方が住んでいた場所という。

木の色味を生かした下見板張りの壁に、切り妻の屋根。前庭には草木が多めに植えられていて、この家の部分だけ切り取って見ると避暑地の別荘といった風情も漂う。


ダイニングキッチンから家の正面側を見る。いろいろな方向で視線がすっと外へ抜けていく。そしてその先には緑が見える。外に見えるのはMさんの趣味部屋。

ダイニングキッチンから家の正面側を見る。いろいろな方向で視線がすっと外へ抜けていく。そしてその先には緑が見える。外に見えるのはMさんの趣味部屋。

階段からダイニングキッチンを見る。都市化が進むとどうしても囲い込む式の中庭が多くなるが、M邸ではこの左右のスペースのように囲い込まずオープンになっている。

階段からダイニングキッチンを見る。都市化が進むとどうしても囲い込む式の中庭が多くなるが、M邸ではこの左右のスペースのように囲い込まずオープンになっている。


お父さんの話

しかし、正面の壁からは小さなボックスが突き出て、さらに右下の部分は家本体から切り取られてそのまま庭のほうへとずれ出てしまったような少し変わったつくりになっている。

このようなつくりになった大きなポイントのひとつは奥さんのお父さんのお話だったようだ。「奥さんのお父さんが非常に重要な打ち合わせの場面で登場するんですが、ある時、“空気はタダだから”と言われたんですね」と建築家の岸本さん。


ダイニングキッチンのスペースから奥にリビングを見る。左は分棟としてつくられた和室。

ダイニングキッチンのスペースから奥にリビングを見る。左は分棟としてつくられた和室。


茅ヶ崎の空気感

この家を設計した岸本さんは、その言葉が「たぶんこの家にそのまま反映しているといっても過言ではないですね」と笑いながら話す。

「空気はタダだから」というお父さんの言葉、奥さんは「風とか空気とか、茅ヶ崎らしいものを全部うまく利用してくださいという意味だったと思います」と話す。


リビングを見る。外のデッキの左側には分棟でつくられた和室がある。

リビングを見る。外のデッキの左側には分棟でつくられた和室がある。

リビング側から家の正面方向を見る。

リビング側から家の正面方向を見る。


外のデッキからリビングを見る。

外のデッキからリビングを見る。

トイレとお風呂が外にある。これは一見不便そうだが、現代住宅では味わえない豊かさをもたらしてくれる。

トイレとお風呂が外にある。これは一見不便そうだが、現代住宅では味わえない豊かさをもたらしてくれる。


敷地の記憶と分棟
お父さんはずっとこの近所で暮らされてきて、昔の茅ヶ崎の風景をよくご存じ。語られる言葉からは、
住宅がぎっしりと立ち並ぶ以前のこのあたり一帯にあっただろう空気感がよく伝わってきたという。
そして「いみじくも、ここにそういう空気感があったんです」と岸本さんは言う。建て直す前の敷地に
は古い平屋の木造住宅があり、その周りには木々が立ち、離れが2 棟立っていた。
「平屋の妻入りの切り妻が立っていて、その奥に軒伝いに行ける4畳半か6 畳くらいの離れと、さらに
その向かい側にはお風呂場があったんですね」(岸本さん)。


階段上の踊り場的な場所に娘さんの勉強スペースがある。

階段上の踊り場的な場所に娘さんの勉強スペースがある。

和室からダイニングキッチンの方向を見る。

和室からダイニングキッチンの方向を見る。


このスペースは奥さんのお気に入りの場所でもある。「座るとしっくりくるし、畳なのでちょっとごろんとしたりもできます」。

このスペースは奥さんのお気に入りの場所でもある。「座るとしっくりくるし、畳なのでちょっとごろんとしたりもできます」。

2階の和室から子ども部屋を見る。

2階の和室から子ども部屋を見る。


2階の和室と向かいの子ども部屋はロフトを通してつながっている。

2階の和室と向かいの子ども部屋はロフトを通してつながっている。


M邸は、以前の分棟形式だけでなく妻側に玄関のある妻入りというつくりも受け継いでつくられていて、M夫妻は、以前の古屋が建っていた敷地の雰囲気が今も残っているような気がすると言う。そして実は、雰囲気、空気感だけでなく空気そのものも継承しているのだ。

取材中も、海から吹いてくるのだろうか、部屋を抜けていく風がとにかく気持ちがいい。家本体からずらすようなかたちで分棟をつくっているため、ずれてできた間のスペースから自然の風が入り込んでくるのだ。このさわやかな風は現代住宅ではなかなか味わえないたぐいのものだ。


2階の和室と子ども部屋をつなぐ廊下から、分棟になっている和室の屋根のデッキを見る。

2階の和室と子ども部屋をつなぐ廊下から、分棟になっている和室の屋根のデッキを見る。

子ども部屋の下にトイレと風呂場が設けられている。

子ども部屋の下にトイレと風呂場が設けられている。


子ども部屋から、和室の方向を見る。

子ども部屋から、和室の方向を見る。

和室の屋根のデッキから見る。

和室の屋根のデッキから見る。


分棟の意外なメリット

分棟化することによって、また意外な発見もあった。「トイレとお風呂に行くのに、最初の頃は雨が強いと吹き込んできたりするので外に出るのがめんどうくさいようなところがあったんですが、慣れるとそれが不思議になくなってきて」と奥さん。

そして今では「お風呂を出た後の涼しい感じがすごくいい」という。Mさんも「お風呂を出た後に風がスーッと抜けてくれるととても気持ちがいい」と相槌を打つ。


前庭にはススキが植わる。将来、ススキ野原の間を通って家に入るようにしたい、建築家とそんな話もしているという。

前庭にはススキが植わる。将来、ススキ野原の間を通って家に入るようにしたい、建築家とそんな話もしているという。

電子工作系が趣味というMさんのリクエストでつくられた趣味部屋は玄関脇につくられている。

電子工作系が趣味というMさんのリクエストでつくられた趣味部屋は玄関脇につくられている。


お楽しみはこれからだ

そして最初は心配もあったこの分棟形式も「けっこう楽しめるようになってきた」という奥さん。さらに続けて言われた「この家は楽しいし、もっと楽しみたいけれど、まだ楽しみきれてないかもね」という言葉が印象的だった。

ただそれは大人だけの話で、家というものに先入観のない子供たちは、すでに自分たちの遊びのフィールドとして自然にこの家を楽しみこなしているという。

たとえば、分棟になっている和室の屋根で、家族で昼食を楽しんだっていい。大人のお2人もそうした新しい楽しみ方をいずれ見つけていくだろう――M邸はそんな可能性を感じさせる家であった。


M邸
設計 acaa
所在地 神奈川県茅ケ崎市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 102.31㎡