Style of Life

ぜいたくな空気の流れる家光と空間の変化がつくり出す
多様な空間

経年変化を楽しめる家

「経年変化を楽しめる家にしたかった」というYさん。床や壁に傷がついてもそれが逆につかないよりも良かったと思えるような家にしたかったという。
この素材についての希望に加えて、空間のつくりについてもリクエストがあった。四角い平面をただ上に積み重ねるだけでは面白くない。「だから、縦方向で空間の変化がほしいということはお伝えしました。それと、四角い空間で単にリビングの上だけ吹抜けにするとかいうのもしたくないと」


リビングのレベルから玄関とダイニング、キッチンを見る。幅の広い階段は、人が多く集まる食事会の時などにダイニングとリビングを分断せず、また腰かけることができるようにつくられた。
リビングのレベルから玄関とダイニング、キッチンを見る。幅の広い階段は、人が多く集まる食事会の時などにダイニングとリビングを分断せず、また腰かけることができるようにつくられた。

空間の変化

空間に変化がほしい。これは、以前住んでいたマンションのようなつくりでは無理だが、「一軒家であれば縦の空間が自由に使える」と考えての要望だった。

建築家の浅利さんは、Yさんからのこの要望がとても印象に残ったという。「ずっと平面に住んでいたから垂直方向に動くということもやってみたいとおっしゃって」

そこで、この家では、その垂直方向の動きを、階段室をつくって単に床を積み重ねるようなかたちではなく「もっと空間をダイナミックに感じてもらいたいと思って、水平方向での奥行きと変化を伴いながらスキップしていくつくり」にしたという。


右が玄関、左手前がダイニング、その奥にキッチン。右の葦簀(よしず)は網戸の役割もするが、外が明るい時にはこれを通して庭の緑をきれいに見せてくれるという。
右が玄関、左手前がダイニング、その奥にキッチン。右の葦簀(よしず)は網戸の役割もするが、外が明るい時にはこれを通して庭の緑をきれいに見せてくれるという。
1階の階段前には李朝の箪笥の上にバリの骨董屋で購入した対の像が置かれている。
1階の階段前には李朝の箪笥の上にバリの骨董屋で購入した対の像が置かれている。
ダイニングからは、リビングへ、そして開口と玄関を通して外部へと視線が多方向に抜ける。
ダイニングからは、リビングへ、そして開口と玄関を通して外部へと視線が多方向に抜ける。


縦長の開口

Y邸では、スリット状の縦長の開口がいくつも設けられている。これは浅利さんから出されたアイデアだった。敷地は風致地区にあるが、環境が良さそうでいて実は敷地の2面は建物がごく近くまで迫ってきている。そこで、敷地から離れた場所にある緑も視界に入るように開口の形を縦長にしたのだという。
そしてこの開口の向きも同様に、「敷地内の庭か、お隣さんではなく、お隣さんを越えたさらに遠くの緑のみが見えるように」(浅利さん)考慮して決められた。

Yさんはこのスリット状の開口から光がグラデーショナルに室内に広がるのがとても好きだそうだ。それが次に来る空間を期待・意識させる水平・垂直の両方向の変化とあいまって、この家で空間の多様性を感じさせてくれる大きな要因になっているという。


一人掛けの椅子はフランスの生地で張り直した。この家なら落ち着いた色合いが似合うところをあえて鮮やかな色を選んでいる。
一人掛けの椅子はフランスの生地で張り直した。この家なら落ち着いた色合いが似合うところをあえて鮮やかな色を選んでいる。
リビングから見る。下に玄関とダイニング、上の正面に寝室がある。


リビングの開口部分にはベンチが設けられている。手摺りの横材と一体となった縦材がアルミのサッシを隠している。
リビングの開口部分にはベンチが設けられている。手摺りの横材と一体となった縦材がアルミのサッシを隠している。

素材へのこだわり

もともと浅利さんに設計を依頼する決め手のひとつがその光の扱い方と空間の質感だったが、質感に関して浅利さんが特に強くこだわったもののひとつが地下の床だった。

「あの床ははじめ、墨の入ったモルタルでもいいって言っていたんです。ひびが入ってもそこにペルシャ絨毯でも敷いたらかっこいいじゃないかと。“それでいこう、安く済むし”って言っていたら、最後の最後でスレートにする案が出てきたんです」(Yさん)

モルタルの場合はどうしてもヒビが入ってしまうが、これが浅利さんには「この住宅全体のデザインの方向性から考えてしっくりこなかった」。それで石の質感で全体のグレード感を維持しようと思ったのだという。


寝室奥にもスリット状の開口があり、暗めの空間にグラデーショナルに光が広がる。
寝室奥にもスリット状の開口があり、暗めの空間にグラデーショナルに光が広がる。
寝室からみる。右手に奥さんが使うスペースがつくられている。
寝室からみる。右手に奥さんが使うスペースがつくられている。


Yさんが気に入っているという浴室空間。ここにもスリット状の開口がつくられている。
Yさんが気に入っているという浴室空間。ここにもスリット状の開口がつくられている。
寝室入口から見る。左に奥さんのスペース、奥に進むと右手に空間が広がるというかたちで水平方向に変化が付けられている。
寝室入口から見る。左に奥さんのスペース、奥に進むと右手に空間が広がるというかたちで水平方向に変化が付けられている。


娘さんの個室。娘さんの希望で壁は薄いピンクに塗られている。
娘さんの個室。娘さんの希望で壁は薄いピンクに塗られている。
上階奥が娘さんの部屋。その下がリビング。
上階奥が娘さんの部屋。その下がリビング。


お気に入りは絞れない

Yさんにお気に入りの空間を聞いてみると、この家では各空間にそれぞれ魅力的な特徴があって、ひとつに絞るのは難しいという。

まず挙げてくれたのが地下の部屋。とても落ち着けるこの空間でレコードを聴き込むのが好きだという。「それとお風呂も好きですね。湯船をホーローにしたんですが、この質感がとてもいい。それとスリットの窓から見える景色も気持ちがいいです。エントランスの縦長の葦簀(よしず)も好きで、これがこの家に品をつくってくれているみたいなところもありますね」

さらにはダイニングも好きという。「ここに座っていると多方向に空間を感じられる。視線がいろいろな方向に抜けてぜいたくな気分になりますね」


ギブソンのギターとピアノが置かれた地下の部屋は、とても落ち着けるためYさんお気に入りの空間。ソファでレコードを聴くのが好きという。地下も奥行き方向で部屋の大ききが変えられている。床にはこのレベルだけスレートが張られている。
ギブソンのギターとピアノが置かれた地下の部屋は、とても落ち着けるためYさんお気に入りの空間。ソファでレコードを聴くのが好きという。地下も奥行き方向で部屋の大ききが変えられている。床にはこのレベルだけスレートが張られている。
ゲストルームの用途もあるため、ソファベッドが置かれている。
ゲストルームの用途もあるため、ソファベッドが置かれている。
地下の奥のスペースにつくられたYさんの書斎。
地下の奥のスペースにつくられたYさんの書斎。


そして最後にこんなことを話してくれた。「家をつくるときに動線や機能面を皆さんすごく気にすると思うんです。もちろんすごく大事なことではあるんですが、この家をつくることを通してそういったものはある程度満たしてくれていればいいと思ったんです。もっと大事なことがあるんじゃないかと」

もっと大事なもの。それは言葉では表しにくいものだが、「この家にはぜいたくな空気が流れているのを感じる」というYさんの言葉に象徴的に凝縮されている何かなのであろう――そんな気がした。


建物の右側と裏手に隣家が迫る敷地。棟をずらしてできた部分にスリット状の開口を設けている。
建物の右側と裏手に隣家が迫る敷地。棟をずらしてできた部分にスリット状の開口を設けている。
正面のうさぎの置物の左手に玄関がある。
正面のうさぎの置物の左手に玄関がある。


スリット状の開口がこちらの側にも。建物の右側を奥に進むとエントランスに至る。
スリット状の開口がこちらの側にも。建物の右側を奥に進むとエントランスに至る。
Y邸
設計 LOVE ARCHITECTURE INC. / 浅利幸男
所在地 東京都世田谷区
構造 木造、一部RC造
規模 地下1階地上2階
延床面積 128.62m2