Style of Life
自然と呼応するシンプルな造り住む人が描いていく
家は白いキャンバス
自然と一体になれる家
ふと降り立ったJR川越線の高麗川駅。自然に恵まれトレッキング客も多く降り立つこの地に、倉庫を借りたことがきっかけで、美術家Aさんは6年前にアトリエ兼住居を建てることを決意する。「まわりの景観と115坪の敷地を活かして、アトリエと住居をいかに空間に取り込むか、いかに全体と呼吸させていくかがテーマでした」。中庭の向こうには川が流れ、さらにその奥に杉の木の林が広がる。自然との一体感がダイナミックに感じられ、心地よさに包まれる。
「建築家にお任せにはしたくない」というのが、Aさんの強い思いだった。施主と建築家を結ぶ紹介サイトに登録し、ノミネートした20人ほどの中から9人と面談。そしてU建築企画の鈴木正憲さんに依頼することに。「中にはものすごい経歴の人もいたのですが、いちばん自分の目線に近い、フィーリングの合う人を選びました」。
Aさんのリクエストは、“できるだけシンプルでミニマルな白い箱のような家” にすること。「建築家によっては“それでは建築家の入る余地がない”と言うのですが、シンプルな方がその人の色が出ると思うんです。プロダクトにしても変にデザインされていると使いにくい。人が使い込むものはシンプルな方が使いやすいし、長く使えると思います」。
そして、Aさん自身が作品を描くための、キャンバスのような家が出来上がった。
中庭を囲み、景観を活かす
周囲の家が南向きに建てられているのに大して、青木邸は南側に玄関があり開口部も設けていない。開かれているのは、緑が広がる北西の方角だ。「南側の住宅街を隠せることと自然を取り込むことを考えて、プランニングしてもらった結果です」。アトリエ、ワークスペースと住居棟を中庭を囲むようにコの字型に配置したのは建築家の提案。「生活空間と作品制作場所をプライベートとパブリックに見立て、気持ちの切替えをどうつけるか、というのも大事でした」。オンとオフが庭で隔てられながら、床と地面をフラットにすることで緩やかにつながる設計が、ほどよい距離感を与えている。
自ら白く塗装したというアトリエは、中庭に向けて大きな開口部が設けられている。北向きなので1日中光が安定し、創作活動に都合がよいということも計算の上だった。
「仕事の合間に、椅子を奥の方にもっていって、その位置から中庭を眺めるのが好きなんです」。窓枠がフレームとなり、今なら新緑の鮮やかな色彩を切り取る。春は正面の桜の木が咲き誇り、四季それぞれの美しさを楽しむことができるという。
「この環境は仕事にもよい影響を与えてくれていますね。もともと白を基調にした作品が多かったのですが、引っ越してから白に対する意識が明快になりました。作品も変わってきたと言われるし、そんな気がしています」
土間のある生活
建築家とのやり取りの中で、自然と生まれてきたのは住居に土間を取り入れるという発想だった。「土間は中庭とつながるイメージです。庭で育てた野菜を摘んできて料理して食べる、という暮らしをしたいと思って。忙しくて今はまだあまりできていませんが」。
土足のまま中に入ると、自転車や芝刈り機を置いたスペースに、業務用のコンロを採用したキッチン。冬はストーブ、夏は扇風機で過ごすという土間空間は、どこか懐かしく素朴な雰囲気が感じられる。「ここの壁は白く塗ってから拭き取る作業をしています。真っ白だと住空間としては窮屈だし、ナチュラルな木の素材感を活かしてニュートラルにしたいと思ったんです。仕事場であるアトリエと分ける意味もありました」
深夜まで仕事をして入る時間が最高だというバスルームは、中庭に面したガラス張りの造り。キッチン上のロフトを使った寝室は、窓からの借景が素晴らしい。「夜は星もきれいに見えますし、月明かりの白い光も幻想的ですね。朝は朝で、清々しい気持ちで目覚められます」。必要最低限のシンプルな空間だが、自然環境を活かしたきめ細かな設計が、この上ない癒しと寛ぎを与えている。
シンプルだから変化が楽しめる
コスト面も考えて、塗装や庭の植栽など、自分でできるところは自分でやってきた、という青木さん。「自分の中ではまだまだ未完成で、半分もいってないですね。今後アトリエの拡張もしたいし、土間のスペースにもうひと部屋造ってみてもいい。庭はもっと手を入れて、家庭菜園を本格的にやりたいと思っています」
中庭に植えたやまももの木が大きく育てば、日陰もできて景観もまた変わる。そんな変化も、シンプルでミニマルな箱だからこそ楽しめるのかもしれない。「ガチガチのテイストで固めたのではなく、不完全で隙がある、そういう空間だから楽しめるのだと思います」。
赤青緑の色の3原色や○△□といった単純な形。究極に突き詰めていった素材を使って描くのがAさんの作品。シンプルでミニマルな白いキャンバスは、これからも描き続けられていく。