Architecture
中心のある家正しく古いものは永遠に新しい
41年の歳月が育んだ心地良さ
本物の無垢素材が経年変化で作る味わい
1974年竣工。建築家・阿部勤さんの自邸は、築41年という年月を経てもなお新しく感じる。それどころか、年月を重ねるほどにどんどん味わいが増している。阿部さんの自著『中心のある家』の中にもあるように、まさに「正しく古いものは永遠に新しい」、そんな家なのだ。スウェーデンの画家、カール・ラーションの家の天井に描かれている言葉だそうだ。
「人が昔から慣れ親しんできた、石や木や土といった本物の無垢素材は、経年変化によって風合いが出てくるんです」
鳥が運んできた種が芽吹いた庭の木や、建物の高さを越すほどに育った玄関先の欅が、住宅街に美しい風景を作っている。
「建物を設計することとは、隣人との関係、住む人との関係、人と人との関係、光との関係、物との関係、物と物との関係、空間と空間との関係……、あらゆるものとの関係性を設計することだと思っています」
男の台所、ペニンシュラキッチン
20年前に料理上手な奥様を亡くしてから、キッチンを大きく作り変えた。
「男がひとりで生きていくキッチンを作ろうと思ったんです」
奥様が使っていたI型のキッチンに、半島を加えたT型のペニンシュラキッチン。“ペニンシュラキッチン”は阿部さんの命名だ。
「来客を料理でおもてなしする時、I型のキッチンだと料理中に背中を見せることになりますが、半島型なら作りながら対面で会話ができます。ダイニングテーブルに座っているゲストと会話も楽しめます」
半島部分は高さ72センチ。一般的なテーブルの高さだ。ひとりの時ならば、エンドテーブル部分でそのまま食事もできる。
「年齢を重ねて立ち仕事が億劫になっても、キャスター付きのチェアに座ったまま、材料を刻んで、クルッと回転してトースターのスイッチを押し、食洗機に皿を入れられます」
本格的なキッチンツールもズラリ。ハモネロ(生ハム用の台)や、トルッキオ(生パスタを絞り出す機械)、ジロール(チーズを削る台)などなど。なぜかフタバヤのオールドスクールなテニスラケットも。「スジコをほぐしてイクラを作るのにちょうどいい網目の大きさなんです(笑)」
僕の夢、マイロータリー
建物は、上から見ると一辺が約7.7メートル(阿部さんの誕生日が7月7日だからだそう!)の正方形の中に、3.5メートルの正方形が入っているカタチ。中心があって、周囲を回廊状の空間が取り囲んでいる。回廊のそこここにそれぞれ趣きの違った居心地のいい特等席がある。
建物の内部なのか外なのか、曖昧な場所もある。
「見通しがきいて、かつ隠れられる。そんな場所を人は本能的に好むようです。弱い人間が肉食動物に襲われずに生き延びられたのは、そういう場所をうまく見つけられたからなのでしょう」と阿部さん。
建物は角地の敷地に斜めに建てている。斜めにすることで4つの庭ができた。玄関の前には、三角形のスペースも。
「そこが僕の夢、マイロータリーです(笑)」
クルマを頭から入れてエントランスに横付けして、そのまま前進して出発できる仕組み。ロータリーには、阿部宅のシンボルツリーの大きな武者立の欅。
あえてこの建物に点数をつけるとしたら?
「建てたばかりの41年前は30点だったけど、時間がいい家に育ててくれました。今は97点かな?……ほぼ満点の家です」