Architecture
四囲を壁で包んだ家住宅の密集地ながら、静かで
落ち着き感のある空間で暮らす
壁がぐるりと巡る
「切妻屋根が好きではないので四角い家がいいと思っていました」。こう話すのはHさん。しかし道路レベルからはH邸の屋根の形を確認することはむずかしい。
建物にぐるりと壁が巡っていて屋根の形どころか、そもそも住宅なのかどうかさえもわからないのである。このデザインは住宅密集地ながら三方が道路に開かれた角地にあり、かつ、隣にアパートが立つという敷地条件から導き出されたものだった。
「人の目線が気にならないように配慮してこのような形にしていただいた」と話すのはHさんの奥さん。設計を依頼したのは森清敏さんと川村奈津子さんが共同主宰するMDSだ。テレビ番組で見て気に入った住宅がMDSのデザインによるものだったという。
周囲を同じく壁で囲んだその神楽坂に立つ住宅は「コーナーの部分が曲線でつくられているのが素敵でした」と奥さん。森さんは「あの家は周りがとても立て込んでいて窓をつくると内部が見えてしまうため3層を壁で囲いました」と話す。
さらにこの住宅も「周囲に住宅が立て込んでいるうえに、隣にアパートがあって不特定多数の人が住んでいる。アパートは将来建て替わる可能性もあるし高さもどうなるのかわからない。こうしたことを考えるとある程度閉じていくことを考えざるを得ない状況でした」と説明する。
壁を切り取る
Hさんからも「MDSが設計した神楽坂の家は囲われていていいな」という話を聞いていたというが、しかし、同じようにすべて囲ってしまうのではなくどう開くいてくのかも同時に検討していったという。
壁で囲ってしまうと当然ながら採光の問題が出てくる。H邸の外壁を見ると、玄関やガレージの壁が部分的に切り取られているほか上部にも切り取られている部分があるが、そうすることで内部へと光を導き入れまた視線の抜けも確保している。そして内部では、同じく壁を切り取るという操作によって、内外に対して開口をつくり出している。
開放感と視線の抜け
それとともに、天井も、これは切り取るのではなく、取り払ってしまうことで、外光をふんだんに内部に採り入れるとともに開放感と空に対しての視線の抜けを確保している。具体的には、リビング上部を吹き抜けにしたり、2階の寝室の隣にテラスをつくったりということだ。
奥さんはこのようにデザインされた空間を模型で見て「かっこいいなと思った」とその時の感想を語る。Hさんは「想像していなかったような形が出てきました」。夫妻は内部でもいろいろと要望を伝えた。Hさんは「オープンキッチンや階段についての要望など」を伝えたという。階段は他のMDSの住宅の写真を見て気に入っていたもので「絶対譲れなかった」ものという。
見せない収納
2階にはテラスの近くに木のボックスがつくられているがこれもリクエストしたもので、実は中に洗濯機が入れられている。「洗面所に洗濯機があると生活感が出てしまう」ためそのようにしてもらったというHさん。「モノを見せない収納にしたかった」と、1階のキッチン部分でも冷蔵庫を収納の中に入れて隠している。これが雑多なデザインが混在しがちな住空間をすっきりとした印象にまとめて落ち着き感をもたらしている。
落ち着き感をつくるのに寄与している要素としてその収納家具の色味も挙げるべきだろう。その濃い目の木の仕上げ色は、MDSから提案されたサンプルから選んだものという。森さんはその濃色の部分について「白い壁面以外はすべて家具扱いにしていて、白の部分とはっきりと差をつけるためにこのような色にしました」と説明する。
陰をつくる
さらに室内空間の明暗のメリハリも落ち着きをもたらしている。全体を一様に明るくするのではなく陰を意図的につくり出しているのである。「明るいところをつくるということは同時に暗い部分をどうつくるか、陰をどうつくるかという話になる」と話す森さん。その結果生み出された明暗のメリハリが空間の高低のメリハリとあいまって歩くごとに風景が変わっていくような印象を与えることに。
この家に住み始めて2年。Hさんは「とても静かで、かつとても住みやすい」という。プライバシーへの配慮から壁で四囲を包むつくりにしたことで外部からのノイズが大きく取り除かれて都市部では珍しいほどの静けさがもたらされた。そして、この静けさが落ち着きのある家具の色と意図してつくり出された陰をほどよく抱え込んだ室内にマッチして心地良い空間をつくり出している、そのように思われた。
H邸
設計 MDS
所在地 東京都
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 113.83㎡