Architecture

自然と向き合うヴォールト天井の家 植物や虫や動物たちと
境界なく暮らす

自然と向き合うヴォールト天井の家  植物や虫や動物たちと 境界なく暮らす

異彩を放つ池の前の家

石神井公園内の池に面して建てられたこの住宅の前を散歩をする人たちが途絶えることなく通り過ぎていく。多くの人がこの家をじっくりと眺めながら。中からその様子を見ていると、住宅ではあまりないだろうその光景にちょっと不思議な気分になる。

思わず視線が向いてしまうのも無理のないほど周囲の中で異彩を放つこの住宅の1階に建築家の武田清明さんの一家が住んでいる。もとは1階にお施主さんの鶴岡さんとお母様が、2階に鶴岡さんのお姉さん一家が住む計画だったという。

「実施設計が終わるという頃にお母様が亡くなられ、かつまた、鶴岡さんが長年の夢をかなえて京都に住むということになって、1階に“自分のかわりに住んでくれますか”ということになったんです」

ヴォールトの形状がそのまま特徴的な外観デザインとなっている鶴岡邸。コンクリートは洗い出し仕上げで表面には細骨材が見える。経年変化で価値が下がるのでなく汚れや風化などにより時間が刻み込まれることで価値が上がるような建築を目指した。
ヴォールトの形状がそのまま特徴的な外観デザインとなっている鶴岡邸。コンクリートは洗い出し仕上げで表面には細骨材が見える。経年変化で価値が下がるのでなく汚れや風化などにより時間が刻み込まれることで価値が上がるような建築を目指した。

ドームからヴォールトへ

設計は確認申請のできる段階まで進んでいたが、将来の生活の変化や世代交代時などにも対応できる可変性のある住宅として計画していたため、武田さん一家が住むに際しては間仕切りを取るなどをしたほかは大きな変更は行わなかったという。まずはこの家のいちばんの特徴であるヴォールト天井についてうかがってみた。

「ドーム状の包まれたような空間で暮らしたいということで、ファックスで送られてきたイラストがキノコが大きくなったような形のお家でした。2世帯でかつそれぞれに部屋をいくつかつくることなどを考えていったときにそのドーム状の円い空間がネックになりました」

天井をドームからヴォールトへと変えた理由のひとつに目の前に広がる池の存在があった。「人間は美しいものに視線が自然と向かうので、ヴォールトにしたのには、池へと向かう方向性をつくって手前にいても奥にいても必ず池と向き合うような天井にしたほうがいいのではないかということもありました」 

植栽計画は2人の植栽家に依頼。「1人の植栽家が描いた世界観が自然に植物の種類が増えていくに連れて壊れていくのではなく、どんな植物でも“入って来てOK”という環境になっていてそれがとても良かった」(武田さん)。
植栽計画は2人の植栽家に依頼。「1人の植栽家が描いた世界観が自然に植物の種類が増えていくに連れて壊れていくのではなく、どんな植物でも“入って来てOK”という環境になっていてそれがとても良かった」(武田さん)。
武田さんの仕事スペースから池を見る。大中小のヴォールトが並んで天井にリズミカルな変化が感じられる。
武田さんの仕事スペースから池を見る。大中小のヴォールトが並んで天井にリズミカルな変化が感じられる。
造り付けのベンチ側から見る。人間にとって原初的な空間ともいえる洞窟のようなつくりが心地よさと安心感をもたらす。
造り付けのベンチ側から見る。人間にとって原初的な空間ともいえる洞窟のようなつくりが心地よさと安心感をもたらす。
家のいちばん奥側に造り付けられた木製のベンチ。
家のいちばん奥側に造り付けられた木製のベンチ。

自然環境から考える

さらに鶴岡さんからのまた違った要望も考慮された。「自然豊かな環境の中で人間以外の生物とともに暮らす喜びを感じながらずっと過ごしてこられた方で、“鳥が集まってくるような場所にしてほしい”とか、家の周囲の環境から考えざるをえないような要望が多かったので、家の暮らしと環境とをいかにその境界を感じさせないように結びつけるかということも大きなテーマとなりました」

人間以外の生き物たちと境界なく接することができるためには、まず生き物が居場所と思えるような場所をつくらなくてはいけない。「動物や虫が居場所と思ってくれるためには土と植物がとても大事で、庭についてはまず鳥が集まるように実がなる植物を植えたり茂みをつくったり、あるいは植物の種類を豊富にしたりと建築のプランニングをするのと同じくらいの密度で考えました。2階の四周と屋上も同じ考え方で臨んだので、そういう意味ではこの家では床を積みあげるのではなく庭を積み上げてつくろうと思いました」

“床を積み上げる”のではなく“庭を積み上げる”との考えからつくられた鶴岡邸。コンクリートスラブの厚さは120㎜。土の深さはいちばん薄いところで200㎜、厚いところで900㎜と大きな差がある。
“床を積み上げる”のではなく“庭を積み上げる”との考えからつくられた鶴岡邸。コンクリートスラブの厚さは120㎜。土の深さはいちばん薄いところで200㎜、厚いところで900㎜と大きな差がある。
2階の四周につくられた庭でも植物が育っている。
2階の四周につくられた庭でも植物が育っている。
内外を隔てるのはガラス戸1枚のみ。
内外を隔てるのはガラス戸1枚のみ。

土を深くする

そして地上レベルだけでなく2階と屋上にも庭をつくる際にクリアしないといけない問題が“水”だった。この問題に対処するのにヴォールトが大きく関係してくる。通常の庭であれば雨が降ればそれはまた大地へと戻っていくが、建築は大地の上に建つことでその循環を断ち切ってしまう。しかし、うまく循環させるような建ち方はないかと考えたところでヴォールトを利用することになった。「雨が降ったら山から谷へと流れていくようにヴォールトのカーヴに沿って水が下へと流れていく。それをコンクリートでやってみたんです」

ヴォールトの“谷”は深いところで900㎜ある。ここまでの厚みを取ったのには意味があるという。「人間にとっても動物や虫にとっても、生物が居心地がいい居場所にするためには土が深いということがとても重要です。植物であれば地被だけではなくて、低木や中木までを含めて多種多様な植物が生息できる可能性が一気にぐっとあがるんです」。屋上に上がると建物の上にいることを忘れてしまうほどに多様な植物が生い茂っていて「ぎりぎりでも大地と呼べる環境ができたらいいなと思った」という武田さんの思いは十分実現されていた。

屋上には植物が生い茂り丘の上から池を望むような感覚も。多くの種類の植物が育つように土の厚みを一般的な屋上緑化の数倍取っているが、水はけが悪くならないよう下になるほど土の粒度が大きくなるような層構成としている。
屋上には植物が生い茂り丘の上から池を望むような感覚も。多くの種類の植物が育つように土の厚みを一般的な屋上緑化の数倍取っているが、水はけが悪くならないよう下になるほど土の粒度が大きくなるような層構成としている。
テーブルにシンクを備えたパーゴラは植物の屋根ができて完成となる。
テーブルにシンクを備えたパーゴラは植物の屋根ができて完成となる。

事務所との兼用に変更

「100㎡というのはわれわれが住むには少し広すぎて、そこまでは必要ないなと。それが最初にあって事務所もまだそれほど大きくないので事務所兼用ということにしました。それとスタッフも家族もこの環境で過ごせたらいいなというのもありましたね」

内部空間でのお施主さんからの要望は「壁は木にはしないでほしい」ということ以外にはなかったため、仕上げに関しては武田さんの考えた通りのものが実現した。自分たちが住むことになって変更したのは間仕切り壁を3つほど取ったのと、カーテンを付ける予定だったのをカーテンなしにしたこと程度だったという。

ダイニングとキッチンを見る。キッチンの左の黒いスチールの壁の裏に雨水を地面まで落とすパイプが通っている。窓にカーテンは付けていないが、Pコンにボルトでカーテンレールを取り付ければカーテンありの生活も可能だ。
ダイニングとキッチンを見る。キッチンの左の黒いスチールの壁の裏に雨水を地面まで落とすパイプが通っている。窓にカーテンは付けていないが、Pコンにボルトでカーテンレールを取り付ければカーテンありの生活も可能だ。
キッチンから奥の事務所スペースを見るとヴォールトの谷の部分が並んで見える。その下の高さ2000㎜までの部分が間仕切りを取ったり付けたりすることで暮らしの変化に対応可能なスペース。
キッチンから奥の事務所スペースを見るとヴォールトの谷の部分が並んで見える。その下の高さ2000㎜までの部分が間仕切りを取ったり付けたりすることで暮らしの変化に対応可能なスペース。

自然にぼーっとできる場所

「この池の前の家に越してきてから2カ月ほど。住む場所と働く場所が一緒なのはすごくいいなと感じています。こどもがこのテーブルでご飯を食べている横で打ち合わせをしたりもしていて、“職住一体”はやってみたらよかったですね」。続けて「間違いなく気持ちいいし、このような場所で過ごせるのは幸せ」と話す武田さんは住んでみて実感したことがあるという。「人間の暮らしや空間を考えたときに、豊かさというものをどこで感じるかいうと、それはインテリアではなくて外部にある自然環境なのではないかなと」。そしてこの住宅は「目の前の豊かな自然をふんだんに取り込める器にはなったかなと思っています」と話す。

またこんなことも感じているという。「都会での生活ではぼーっとできる時間がなかなかもてませんが、ここだと自然にぼーっとしてしまう。都市の中にいると人工物に囲まれているし、かつ車や人とか動いているものの速度が速いですが、目の前に広がる池や森を見ていると動きがスローなのでそちらの時間にあってしまって自然にぼーっとした状態になる。これは意識の切り替えなどの問題ではなくて、やはり自然がないとできないのかなと」。仕事中に目を上げるだけで疲れがいくばくか癒される。環境との組みあわせによって、都会の中ではありえない、そんな建築の可能性、あり方にも気づかせてくれる住宅なのだ。

手前の部分が武田さんの仕事スペースになっている。
手前の部分が武田さんの仕事スペースになっている。
武田さんの仕事スペースの隣の300mm高くなっているスペースは現在模型製作の場となっている。
武田さんの仕事スペースの隣の300mm高くなっているスペースは現在模型製作の場となっている。
客間になる予定だったこの場所はスタッフの仕事スペースとして使われている。
客間になる予定だったこの場所はスタッフの仕事スペースとして使われている。
洞窟的な空間でのバスタイムは格別だろう。
洞窟的な空間でのバスタイムは格別だろう。
この天井の下にはバス、トイレ、キッチンなどの水回り関係が配置されている。
この天井の下にはバス、トイレ、キッチンなどの水回り関係が配置されている。
外の景色を眺めながら作業のできるキッチン。
外の景色を眺めながら作業のできるキッチン。
建築家仲間と飲み会をするとテーブルを囲むのではなくみな池に向かって座るという。
建築家仲間と飲み会をするとテーブルを囲むのではなくみな池に向かって座るという。

鶴岡邸
設計 武田清明建築設計事務所
所在地 東京都練馬区
構造 鉄骨造
規模 地上2階
延床面積 234.82㎡