Kitchen

光と風を感じる小さな家の
ゆたかな空間

光と風を感じる小さな家のゆたかな空間

縁あって、設計した家に暮らすことに

この家に暮らすのは、編集者の洗川広二さんと、妻で建築家の川島千晶さん。千晶さんはこの家の住まい手であり、さらに設計者でもある。けれども、この家はいわゆる建築家の自邸ではない。今から10年ほど前、千晶さんが建築家として独立する以前に、福田さんという施主のために手がけた家なのだ。

当時の千晶さんは、故・小井田康和氏の設計事務所のスタッフだった。「初めて1軒の家を担当させてもらったのが、福田さんの家だったんです。福田さん一家に似合う家にしたいと思いました」。

その後、福田さん一家は4年半ほどこの家に暮らすうちに、就農するために会社を辞めて群馬県に移住することを決意。その際に「この家は川島さんに住んでほしい」と言われ、広二さんと千晶さんが住み継ぐことになったのだ。「思いがけないお話でびっくりして」(千晶さん)。広二さんは「こんなチャンスは滅多にないこと。すぐに賛成しました」。


階段からダイニングキッチンを見る。南側に面して効果的に配された窓からの光が部屋を満たす。窓の外にはバルコニーがあり、たくさんの鉢植えが並べられている。また天井近くのハイサイドライトは開閉可能で、夏は開けて熱気を外に逃がす働きをする。
階段からダイニングキッチンを見る。南側に面して効果的に配された窓からの光が部屋を満たす。窓の外にはバルコニーがあり、たくさんの鉢植えが並べられている。また天井近くのハイサイドライトは開閉可能で、夏は開けて熱気を外に逃がす働きをする。
勾配天井のいちばん高いところは約4m。高さが広がりを生む。左奥の白い壁がプロジェクタ―の投影場所になる。
勾配天井のいちばん高いところは約4m。高さが広がりを生む。左奥の白い壁がプロジェクタ―の投影場所になる。
壁は石膏ボードの上にケナフ紙張り。友人たちの作品を飾っている。ポストカードは得地直美さん、版画は小井田由貴さんの作品。
壁は石膏ボードの上にケナフ紙張り。友人たちの作品を飾っている。ポストカードは得地直美さん、版画は小井田由貴さんの作品。
本好きの広二さんと千晶さん。本棚以外にも、住まいの各所に建築や料理など様々なジャンルの本が置いてある。
本好きの広二さんと千晶さん。本棚以外にも、住まいの各所に建築や料理など様々なジャンルの本が置いてある。


2階リビングの心地よさ

「この家に越してきた頃は、設計当時より経験を積んで、いろいろなことをやってみたくなっていたんです。でも暮らすうちに、家は素直で飾り気がなくていいんだなと思うようになってきました」と話す千晶さん。

そんなシンプルな家の中心となる場所が、2階のダイニングキッチンだ。千晶さんが「光と風のめぐりを考えて設計しました」というとおり、南に面した開口部からの柔らかな光に満ち、開け放った窓からの風が心地良く吹き抜ける。さらに高さのある勾配天井が実際の面積以上の広がりを感じさせ、なんとものびやかな空間だ。

このダイニングキッチンは料理や食事の場であるのはもちろん、プロジェクターで映画を観たり、友人を招いてもてなす場でもある。「広すぎないのがいいのか(笑)、すぐにくつろいでもらえますね」と広二さん。さらには夫妻ともに自宅が仕事場であるため、気分転換のためにダイニングテーブルで仕事をすることもあるという。


キッチンの背面には大きな造りつけの食器棚。日常で使う食器類はすべてこの棚に収められている。
キッチンの背面には大きな造りつけの食器棚。日常で使う食器類はすべてこの棚に収められている。
この日のお昼ごはんは千晶さんが担当。和食が得意な千晶さんに対し、広二さんの得意料理は煮込みハンバーグなどガッツリ系。
この日のお昼ごはんは千晶さんが担当。和食が得意な千晶さんに対し、広二さんの得意料理は煮込みハンバーグなどガッツリ系。


使いこまれた道具が並ぶキッチン。内側の壁やレンジフードは手入れをしやすいようにステンレス張りになっている。
使いこまれた道具が並ぶキッチン。内側の壁やレンジフードは手入れをしやすいようにステンレス張りになっている。

簡素だけれど、使いやすいキッチン

「食べることが大好き、呑むのも大好き」というふたりは、朝・昼・夕の三食をここでつくり、食べる。大勢を招いての食事で活躍するのが、天板を工務店に切ってもらったというダイニングテーブル。脚は市販のもので、人数が多い時は短い脚につけかえて座卓に変身。ダイニングテーブルとしては6人掛けだが、座卓だと10人くらいでも囲めるのだとか。

キッチンはほどよい高さのカウンターを設けることで、料理する手元は隠しつつ、ダイニングの人とも会話を楽しめるように配慮されている。「キッチンが丸見えにならないので、テーブルに座っているほうもくつろげるんですよね」と広二さん。

夫妻がこの家に越してきて、今年の秋で5年になる。当初は「まずは家や街に自分たちが入っていこう」と、家には手を加えずに暮らしていた。けれども、最近は「この家の四季折々の様子もわかって、自分たちの暮らしへの思いもだんだん具体的になってきて、私たちらしく変えていってもいいのかな」と考えるようになってきたという。


和室は勾配天井の最も低い部分にあたるため、天井高が抑えられ落ち着いた雰囲気。裸電球が不思議とマッチしている。
和室は勾配天井の最も低い部分にあたるため、天井高が抑えられ落ち着いた雰囲気。裸電球が不思議とマッチしている。
床の間のブルーのオブジェは、この家の門扉の作者でもある本間純さんのもの。地窓には工事現場で余った色硝子を置いて。
床の間のブルーのオブジェは、この家の門扉の作者でもある本間純さんのもの。地窓には工事現場で余った色硝子を置いて。


夫妻それぞれのワークスペース

ダイニングキッチンのある2階には、階段を挟んでもうひとつ部屋がある。北側の四畳半の和室で、こちらは開放的なダイニングキッチンと比べるとぐっと落ち着いた雰囲気。モダンな中にも畳や和紙の素材感が楽しめる和の空間だ。もともとは用途を限定しない場所としてつくられたもので、来客時の客間としても使うことができる。千晶さんが「ゆとりの和室」と呼ぶ空間は、「目的のない穏やかな時間を過ごせるし、なんにでも使える便利さもあって。福田さんも私たちも大好きな場所です」。

現在はこの和室を広二さんの仕事部屋として使っているが、今年中にはキッチンの隣の食品庫を広二さんの書斎につくり変える予定だという。「今、図面を引いているところ。小さな部屋なので工夫のしがいがあります」と千晶さんが言うと、「和室も落ち着きますが、書斎もすごく楽しみです」と広二さん。

一方、千晶さんの「設計室ちあき」は、和室の真下にあたる1階の部屋。独立して以来、1年に1軒のペースで住宅を設計している。今年から所員もひとり来るようになったが「ていねいにじっくりと」という家づくりへの姿勢は変わらない。


玄関の奥が千晶さんの仕事場。玄関には造りつけのベンチが。
玄関の奥が千晶さんの仕事場。玄関には造りつけのベンチが。
玄関の正面の壁には、福田さんが群馬で収穫した古代米。
玄関の正面の壁には、福田さんが群馬で収穫した古代米。


千晶さんの仕事場。ご両親から譲り受けた大きなトランクやアアルトの椅子など、大切にしているものが置かれている。
千晶さんの仕事場。ご両親から譲り受けた大きなトランクやアアルトの椅子など、大切にしているものが置かれている。

千晶さんの机は、師である小井田康和氏から譲り受けた製図台。白い背だけが見えている椅子は、ヤコブセンのタンチェア。
千晶さんの机は、師である小井田康和氏から譲り受けた製図台。白い背だけが見えている椅子は、ヤコブセンのタンチェア。
仕事場の窓からは、アプローチに植えた樹木の緑が見える。エアコンは設置していないが、夏も木陰のおかげで涼しく過ごせる。
仕事場の窓からは、アプローチに植えた樹木の緑が見える。エアコンは設置していないが、夏も木陰のおかげで涼しく過ごせる。


住み継いでいく楽しみ

実は千晶さんは、この家の家主である福田さんの家をもう1軒設計している。研修を終えて農園を開いた福田さん一家が群馬で新たに家を建てるにあたって、川島さんに設計を頼んだのだ。「依頼を受けて、とても嬉しかったです」と話す千晶さん。福田さん一家の現在の生活を知るため、群馬に1年ほど通ってから設計にとりかかり、昨年の夏に竣工した。

「これからはこの家を私たちらしく住み継いでいきたい」と話す夫妻。シンプルだからこそどんな状況も受け入れてくれる――そんな懐の深さを感じさせる家は、歳月とともにますます味わいを深めていくのだろう。


1階の南側にある寝室の縁側で、庭を見ながらくつろぐふたり。
1階の南側にある寝室の縁側で、庭を見ながらくつろぐふたり。
2階のバルコニーから見た庭。一画を畑にしている。
2階のバルコニーから見た庭。一画を畑にしている。
2階バルコニーでは、鉢植えのクレマチスが花を咲かせていた。
2階バルコニーでは、鉢植えのクレマチスが花を咲かせていた。


南側外観。勾配屋根の形状がよくわかる。
南側外観。勾配屋根の形状がよくわかる。
2階のバルコニー。一服する人のために木の椅子が置いてある。
2階のバルコニー。一服する人のために木の椅子が置いてある。


黄色の門扉は本間純さんの作。外観のアクセントになっている。
黄色の門扉は本間純さんの作。外観のアクセントになっている。
DATA
洗川・川島邸
設計 小井田康和 川島千晶(フリーハンド:小井田設計室)
所在地 東京都杉並区
構造 木造
規模 2階建て
延床面積 79.8m2