Renovation
遊び心を忘れない少しずつ変化していく
完成しない家
秘密基地のような雰囲気を
埼玉県にある小沼邸は、木工作家の小沼智靖さんと、東神田でギャラリー「組む」を営む妻の訓子さん、2人のお子さんの4人家族が、自由な発想と遊び心でつくりあげてきた家だ。1階は智靖さんのアトリエで、2階が住居スペース。アトリエ脇の階段を上がると、天井はガラスで床は白いタイル貼りの中庭のような明るい空間が現れる。植物もたくさん置かれ、まるで温室にでもいるような気分になる。中庭を挟んで右手には子供室、左手にはLDKが配されており、それぞれロフト付きで梁や柱は現しになっている。
「『ハックルベリー・フィンの冒険』に出てくるような家に住んでいるんです」と訓子さん。確かに、ゾーンごとにさまざまな表情を見せる空間は、秘密基地のような雰囲気を漂わせている。現在この家に住み始めておよそ20年。このかたちになるまでに重ねた改装は数知れず。
改装のはじまり
元はご主人の実家の古くなっていた部分を大工に建て替えてもらい住み始め、1階は店舗として貸し出していたという。智靖さんは当時絵を描いていてアトリエは2階部分だった。「テナントも退店して、少し家を変えたいなと思ったときにある建築家と出会い改装が始まったんです」。とある住宅のリノベーションをテーマにしたコンペで優勝した京都の建築家・駒井貞治さんだ。「そのプランがおもしろくて、駒井さん自身もジャングルジムのような家にお住まいで、私たちもそんな家中で遊べるような家がいいなと思っていたところだったんです」。奥行きの長い建物に対して駒井さんからの提案は、天井を抜いてロフトを吊り橋のように渡そうというもの。小沼さん一家が「庭がないので室内でも外を感じられる空間をつくりたい」と希望したため、中央部分は壁と天井をできるだけガラス素材にして、風通しも確保した。
さらにアトリエは1階に移し、奥にあったLDKを今の場所に移動。それから、子供たちが成長した頃には智靖さんが壁をつくり子供室を設けた。階段や本棚、ロフトへの梯子などもほとんどは智靖さん作だ。「住んでいく中で考えながら、少しずつ自分たちの手で改装をしてきました」。
家づくりのモチベーションの源
ところで、智靖さんの料理の腕前はプロ顔負けだ。自作のアイランドキッチン周りを俊敏に動き、訓子さんと協力しながら手際よく調理を進めていく。そんな様子を見ていると、ここを台所やキッチンではなく「厨房」と呼びたくなる。「小学生の頃から料理が大好きで、だしの取り方なんかも実験したりして色々自由につくっていました」。幼少期から手を動かし研究しながらものづくりをすることが好きだった智靖さん。専門を絵から木工に転向したのも、なんと家づくりが関係しているという。「大工さんの仕事を見ていたら、どうしても自分でつくってみたくなっちゃったんです。でもまさか本職にするとは思っていなかったのですが」。
また、訓子さんはギャラリーのディレクターとしてさまざまな企画をするほか、企業のブランディングや建物のプロデュースなどもしており仕事は多岐にわたる。こんな2人の好奇心は家づくりにおいても尽きることがない。「2人とも思いついたらやってみたいと思ってしまうんです。仕事や生活で毎日忙しいのに、家づくりでもっと忙しくなってしまうことも」。
家と家づくりの魅力
智靖さんは自宅のアトリエで作品づくりをし、訓子さんはギャラリーまで通う日々。「夜遅く帰ってくると、ガラスの天井から月明かりが落ちていて植物の影がくっきりと床に映っていたり、雨粒がザーっとガラスに落ちる音を聴いたり。家の中のそんな瞬間が好きですね。娘の友達が来て中庭でみんなで楽器を演奏したりするのを見ると、家を楽しんでくれているなとうれしくなります」と訓子さん。智靖さんは、「この家のいちばんの魅力は未完成さ。絶えず進化している場所に居たいんです。満足したくない、いつもわくわくできるから。家づくりも木工も同じで、試行錯誤しながらゆっくり進めています。自分の暮らしが作品だと思っているので」。
今後もまだまだ変化していくであろうこの建物。住まいと暮らしのアップデートは終わらない。