Style of Life
美容室併用の住まい障子・漆喰・木がつくる
居心地のよさ
自宅で美容室を
神奈川県横須賀市。豊かな緑と海岸から吹く潮風が心地よい土地に、井坂邸は建つ。
この家に暮らすのは、美容師の理子(さとこ)さんとご主人の直(なおし)さん、理子さんのお母さまの房子さん。築50年以上経っていた家を建て替え、2009年に美容室併用の住宅を完成させた。「お客さまにゆったりくつろいでいただきたくて、自宅美容室ができたらいいなとずっと思っていたんです」(理子さん)。
設計を担当したのは、「無垢里一級建築士事務所」の金田正夫さん。日本の伝統的な民家が持つ調湿性や遮熱性、風通しの良さなどを重んじ、体と心が安らぐ自然素材を使った家づくりを流儀とする建築家だ。房子さんの弟さんの家を金田さんが設計した縁があり、この家づくりを依頼した。「弟の家は14坪と狭小。ですが、大きな窓とスキップフロアのおかげでびっくりするほど開放的に仕上がったんです。自然素材のぬくもりもすばらしくて、ぜひ金田さんにお願いしたいと思いました」と、房子さんは振り返る。
以前の家が暗かったこともあり、ご家族はまず明るい家にすることを希望。また、理子さんが特にこだわったのは、カーテンではなく障子にすることだった。「障子の凛とした雰囲気が好きなんです。あと、カーテンだとホコリや汚れが気になってしまうのがイヤでした」(理子さん)。
障子と置き屋根で快適さをつくる
井坂邸の間取りはスキップフロア。1階の一部分を美容室スペースとし、住居スペースは、半地下のフリースペースから半階登るごとに、ご夫妻の寝室、ご家族が集うLDK、房子さんの寝室があらわれるつくりだ。「約33坪と広くはない土地に美容院併設住宅を建てるため、スペースを有効に使えるようにと工夫していただきました」(房子さん)。
また、2階天井は張らず梁などの小屋組を見せ、屋根のすぐ下からたくさんの大きな窓をつくったことで、明るくて開放的な空間が生まれた。理子さんは「窓から空を眺めるのが好き。昼間に雲が流れていくのを見るのも楽しいし、夜にお月見を楽しむのも乙なんですよ」と微笑む。
窓は、家中のスムーズな通風を考慮して配置されていて、真夏でもクーラーはあまり使わないという。さらに、漆喰の壁や無垢の木といった自然素材があしらわれた空間はぬくもりいっぱいで、調湿効果も併せ持つ。
そして、井坂邸の最大の特長は障子づかい。LDKをはじめ、美容室、寝室、さらには玄関や洗面室に至るまで、建具職人が腕をふるった特注の障子が家中を彩っている。「障子を取り入れたいとは伝えましたが、ここまで徹底していただけるとは、うれしい驚きでした」(理子さん)。
金田さんは、障子には見た目の美しさ以外にもたくさんの長所があると語る。「窓と障子の間に空気の層ができることで、カーテンやブラインドとは比べものにならないほどの断熱効果が生まれるんです。障子を閉めるだけで、窓際の暑さ寒さがだいぶ和らぎます。和紙を通した光の美しさもすばらしいし、汚れたら張り替えればずっと使えます」。
さらにもう一つ、井坂邸に快適さをもたらしているのが「置き屋根」だ。これは、屋根の上にもう一つの屋根を重ね、すき間に風を通す施工方法。日本古来の断熱の技で、屋根の上が60〜70度に熱されても下の屋根の上面は30度くらいに抑えられ、室内に熱が伝わりにくくなるという。「エアコンがなくても断熱材を使わなくても快適に暮らす知恵を、先人は持っていたのです」と金田さんは語る。
ゲストを優しく癒す美容室
理子さんの美容室の名前は「なゆた美容室」。「なゆた」とは天文学的に大きな数の単位で、ゆったりした気持ちでサロンタイムを楽しんでほしい、無限の可能性を秘めた空間にしたいという思いが込められている。
美容室の空間には住居スペースと同様の自然素材を用い、ぬくもりいっぱいの雰囲気。「ヘアスタイルだけでなく、内装について質問されることも多いんですよ」と理子さんは話す。
お客さんは常連が多く、マンツーマンで施術を受けるゆったりした時間を楽しんでいくそう。「思い切って自宅美容室をつくりましたが、お客さまがくつろがれているのを見ると、本当によかったと思います」。美容師歴30年以上の理子さんは、笑顔で頷く。
快適に暮らせる住宅と、ゆったりとくつろげる美容室を内包した井坂邸。この先もずっと、ご家族とお客さんの居心地の良さを守っていくことだろう。