Architecture
地域に開いた“公民館のような家”開放感あふれるスペースで
伸びやかに暮らす
こう語るのは建築家の押尾章治さん。自邸は田園都市線の最寄り駅から徒歩30分ほどのひな壇状に造成された土地に立つ。押尾さんは建築家で住宅設計も多く手掛けるため、この自邸では住宅をめぐる独自の設計思想が盛り込まれている。
家の周囲の環境の手前にある“プレ環境”みたいなものにまず家を開いて、そこから周囲へとつなげるようなデザインを心掛けているという押尾さん。「この家の場合も基本的にやっていることは同じで、そのプレ環境みたいなものは小さいですがここでは擁壁で囲まれた庭ということになりますね」
緑と“地べた”
そして庭では緑がその要素としてとても重要だという。「個人的にも、緑がないとだめなほうですが、緑があると周辺の環境へ意識が拡がるんですよね」
緑は境界を曖昧にする手法としても用いられている。たとえば外部でも、環境と庭のような“プレ環境”との境界を曖昧にすることができる。擁壁の存在を軽くしたりもできる。「緑というのは光や視線を遮りつつもいくらかは透過もするので、境界を曖昧にするような要素としてすごく有効だと思っているんですね」
敷地はひな壇状の造成地の一画。一段高いところにあった地面のレベルを掘り下げ、さらに、比較的緩い角度の斜めの擁壁部分も削ってより広い敷地面積を確保した上で道路側へと寄せて家を建てた。こうして以前は家の周りに1mほどの通路スペースすらもとれなかった敷地に、押尾さんの言うプレ環境として広めの庭=地べたをつくり出し、そこに4本のアオハダと3本のヒメシャラ、ヒイラギナンテンやキンメイモウソウチクなどたくさんの樹木を植えたという。
家族が自然に集まるスペース
それらの緑をフルハイトの全面開口から望むことができるのが最上階の2階のLDKスペースで、68m2ほどの広さをもつ一室空間だ。もう一方の道路側の開口も長手方向一杯に開いて、伸びやかな生活環境をそのまま絵に描いたようなスペースだが、これだけの広さをもつ空間にしたのには他にも理由があるという。将来的には親との同居の予定もあるという押尾さんが、家族や親族などがここに一堂に会する際のことを考えた上での空間構成でもあったのだ。
開放的で気持ちのいいこの空間には、家族も自然に集まる。1階には“合宿所みたいな個室”が並ぶが、それらの部屋とは吹き抜けを通してつながり、1階と2階とに離れていてもお互いの気配は何となく伝わる。夫婦に姉弟の四人家族+猫一匹は見るからに仲が良さそうなのだが、この家のつくりも少なからず関係しているに違いない。
「ふだん子供たちは、たとえばこのテーブルで私たち2人が話をしていてもそちらのスペースで遊んでいるし、宿題は絶対このテーブルでやっていますね。下に行きなさいって言ってもなかなか行かなくて、基本はみんなでいつもこのスペースでごちゃごちゃとしている感じですね」と建築家でもある奥様の依里子さんが語る。
地域に開く
この家の伸びやかな環境は、そのオープンさにおいて押尾さんがこの土地で行っている地域に根差した活動とも通ずる。
「自主運営の学童保育団体の運営委員をしているんですが、やっているのは基本的に地域活動ですね。団体でキャンプへ行ったりバザーをしたり老人会や地域と触れ合いをもったり。他にも地元の子ども施設の草取りや遊具などの修理までこなしています。地域の取り決めから子どもの保育環境に関することまで、結構やることだらけなんですよ。それを自主運営団体なので一般の父兄が係りを決めて運営しているんです、夜な夜な話し合いをしながら」
「僕は自分のために家をどうするというのはあまりないんですね。家にくつろぎも求めてない。子どもの友だちや地域の知り合いがうまく使ってくれるような場所であればいい。地元や子どもとその友だちとかこの家にまつわる関係性がうまく機能できるような器であればいいと思っているんです」
「よくできた公民館みたいなものでいいんじゃないか」とも語ってくれたが、朝、ガラス張りの打ち合わせスペースにいると通学途中の子どもたちが手を盛んに振って挨拶をしてくるという話から、押尾さんの思いがとても自然に地域へと浸透しているように感じられた。
設計 UA
所在地 神奈川県川崎市
構造 木造、一部RC造
規模 地上2階地下1階
延床面積 198.61m2