Architecture
隣家とは玄関いらずの関係大きな敷地に立つ
“静かで、ふつう”の家
Mさんと共にこの敷地を購入したYさんとは娘さん同士が小学校の同級生で以前から親しくしており、ひとつの住宅の敷地としては大きすぎる土地をちょうど同じ面積に2分割して建てたという。
Yさんも環境がいいということで、すごく気に入っていた敷地だったという。それと、塀も立てずに大きく庭が取れて、その中に家が立っているのがお互いに風景として使えるというのも、YさんがMさんとの共同購入を決めたポイントだったようだ。
静かでふつうの家
家づくりに関しては、個々で建築家と打ち合わせをして、開口の位置などお互いの生活にかかわる部分に関しては建築家が調整をする形で進められた。M邸に関してのMさんからの要望は、まず「静かな感じの家にしてほしい」ということだったという。
「静寂を求めるという意味ではなくて、佇まいがあまり主張しないというか、ぼんやりと落ち着いて暮らせるような空間にしてほしいというお願いをしました」
「ふつうの家でいい」という要望も出した。たとえば、素材。打ち合わせ時には、「Mさんのお宅の床は何だったっけ?ぐらいの感じにしたい」という話をよくしたという。逆に言うと、「あそこにあの素材を使ってましたよね」という印象が残らないようにしてほしいと。
「お風呂でも、お風呂に入るということだけで完結しているというよりは、椅子を持っていけば本を読んでもいいような場所になるというふうにどの場所もフラットにあつかってほしいということですね。なので、この1階のリビングのような場所も別に20畳ドンとある必要はなくて、ちょっとした居場所になればいいという感じだったので大きさなどはあまり気にしなかったですね」
建築家の川辺さんは、このMさんからの要望に対して、リビングがメインの空間であとはそれに付随しているようなつくりではなく、どの場所も同じようにゆるやかにつながるようにしたという。「この場所に建てるのであれば、建築でそれほど変化をつくらなくても周囲の風景とのかかわりで十分な変化が起きるので、各空間の大きさ、スケール感が劇的に変化しないようにしました」と川辺さん。
玄関いらずの関係
M家とY家の間には敷地を仕切る塀がない。また、近すぎず遠くもなく、2軒の家はお互いの生活に対してほどよい距離感をたもって立っているが、これがお互いにある種の気安さへとつながっているようだ。
「お隣さんと毎日ワイワイガヤガヤやろうということが主たる目的ではなかったんですが、こういう距離感だと自然発生的にそういう感じになるんだなって思います。それは、うちにももちろん玄関はあるのですが、Yさんたちはたぶん玄関から入ったことは一回もなくて、なにかあると1階のふたつの窓のどちらかのガラスをトントンして“こんにちは~”と入ってくる。そんなことから感じますね」
そのようにして来られると構えなくてよいし、お互いに居心地がよいのかもしれないともMさんは言う。Yさんのほうも、友人を呼んでパーティをやっているときなどに、よかったら一緒にどうですかと呼んでくれたりすることもあるという。
カツオもやって来る
この気安さは、もちろん家のつくりにも関係している。Yさんたちが出入りするというダイニングのすぐ脇に開けられた木のフレームをもつ大きな開口は、奥さんが天気の良い日に外でご飯が食べられたらいいなと建築家に伝えて出来たものという。
この開口を開けるとダイニングから外へと連続空間が生まれる。人を呼んでバーベキューなどをして楽しむときにはうってつけだ。「日差しが強いから中にいたいという人がいても、内と外で隔てなく会話もできてとてもいいですね」とMさん。
「庭でバーベキューをしていたら、その様子が見えていたようで隣の敷地の方が“今日魚釣ってきたからこれやるよ”って、カツオを一匹ドーンとフェンス越しにくれたんです」
「この敷地がなせるわざだったんでしょう」とMさん。周囲の方から見ると隣地が大きく空いてるので見晴らしが良くなって気持ちがいいのだろうと。それに加えて、この2軒の家が放つ気安い雰囲気がこのようなハプニングも誘発するのだろう、そのように思えた。
設計 川辺直哉建築設計事務所
所在地 神奈川県鎌倉市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 73.52m2