隣家とは玄関いらずの関係大きな敷地に立つ“静かで、ふつう”の家

隣家とは玄関いらずの関係大きな敷地に立つ
“静かで、ふつう”の家

道路から敷地に入って数メートル進むと、住宅では珍しいほどの広がりの中に三角屋根の家が2軒だけ立っている。向かって右側の、コンクリートのグレー色そのままの仕上げとなっている家がM邸だ。

Mさんと共にこの敷地を購入したYさんとは娘さん同士が小学校の同級生で以前から親しくしており、ひとつの住宅の敷地としては大きすぎる土地をちょうど同じ面積に2分割して建てたという。


2軒の家が広い敷地に位置をずらして立つ。右がM邸。グレー系の外観の中で気のフレームが際立つ。

2軒の家が広い敷地に位置をずらして立つ。右がM邸。グレー系の外観の中で気のフレームが際立つ。

庭側から見たM邸。前に立つのは共用で植えたナラの木。敷地は元々奥に向かって傾斜していたが、1階窓の付近の土の高さは、窓のところに座った時に、ちょうどいい高さに見えるようにしてほしいというMさんのリクエストで調整されているという。

庭側から見たM邸。前に立つのは共用で植えたナラの木。敷地は元々奥に向かって傾斜していたが、1階窓の付近の土の高さは、窓のところに座った時に、ちょうどいい高さに見えるようにしてほしいというMさんのリクエストで調整されているという。


「単純に住宅を2軒建てるのではなくて、大きな敷地に2つの家を建てることが楽しくできそうだと思っていたので、それが分かるように建築家の川辺さんに簡単な模型をつくってもらい、それを僕がYさんにこんなふうにできますよってお見せしました」

Yさんも環境がいいということで、すごく気に入っていた敷地だったという。それと、塀も立てずに大きく庭が取れて、その中に家が立っているのがお互いに風景として使えるというのも、YさんがMさんとの共同購入を決めたポイントだったようだ。


キッチンからダイニングを通して庭の方向を見る。この窓から隣のY家の人たちが出入りすることも。

キッチンからダイニングを通して庭の方向を見る。この窓から隣のY家の人たちが出入りすることも。

手前がダイニングで右がキッチン。左手奥はさらに右に小さなスペースがあり、子供たちのお気に入りのスペースという。キッチンの収納は見えやすさと使いやすさを考え、扉はつくらずオープンなつくりにしたという。

手前がダイニングで右がキッチン。左手奥はさらに右に小さなスペースがあり、子供たちのお気に入りのスペースという。キッチンの収納は見えやすさと使いやすさを考え、扉はつくらずオープンなつくりにしたという。


静かでふつうの家

家づくりに関しては、個々で建築家と打ち合わせをして、開口の位置などお互いの生活にかかわる部分に関しては建築家が調整をする形で進められた。M邸に関してのMさんからの要望は、まず「静かな感じの家にしてほしい」ということだったという。

「静寂を求めるという意味ではなくて、佇まいがあまり主張しないというか、ぼんやりと落ち着いて暮らせるような空間にしてほしいというお願いをしました」

「ふつうの家でいい」という要望も出した。たとえば、素材。打ち合わせ時には、「Mさんのお宅の床は何だったっけ?ぐらいの感じにしたい」という話をよくしたという。逆に言うと、「あそこにあの素材を使ってましたよね」という印象が残らないようにしてほしいと。


キッチンからダイニングを見る。シンプルで静かな佇まいはMさんが望んだものだ。

キッチンからダイニングを見る。シンプルで静かな佇まいはMさんが望んだものだ。


開口部をどのように取っていくのかにもこだわった。せっかく広い庭があるので、どこにいても周りが見えるようにしてほしいと伝えたという。さらに、どの場所も居場所になるようにつくってほしいいとも。

「お風呂でも、お風呂に入るということだけで完結しているというよりは、椅子を持っていけば本を読んでもいいような場所になるというふうにどの場所もフラットにあつかってほしいということですね。なので、この1階のリビングのような場所も別に20畳ドンとある必要はなくて、ちょっとした居場所になればいいという感じだったので大きさなどはあまり気にしなかったですね」

建築家の川辺さんは、このMさんからの要望に対して、リビングがメインの空間であとはそれに付随しているようなつくりではなく、どの場所も同じようにゆるやかにつながるようにしたという。「この場所に建てるのであれば、建築でそれほど変化をつくらなくても周囲の風景とのかかわりで十分な変化が起きるので、各空間の大きさ、スケール感が劇的に変化しないようにしました」と川辺さん。


1階の浴室。お風呂に入るという用途に限らず、たとえば椅子があれば本も読めるスペースにしたかったという。

1階の浴室。お風呂に入るという用途に限らず、たとえば椅子があれば本も読めるスペースにしたかったという。

寝室は2階の共有スペースからクローゼットスペースを抜けた奥にある。

寝室は2階の共有スペースからクローゼットスペースを抜けた奥にある。

2階の共有スペースから1階を見る。ダイニングの椅子が見える。

2階の共有スペースから1階を見る。ダイニングの椅子が見える。
 

手前が仕事や勉強のための家族の共有スペース。奥には3人のお子さんの個室が並ぶ。

手前が仕事や勉強のための家族の共有スペース。奥には3人のお子さんの個室が並ぶ。


玄関いらずの関係

M家とY家の間には敷地を仕切る塀がない。また、近すぎず遠くもなく、2軒の家はお互いの生活に対してほどよい距離感をたもって立っているが、これがお互いにある種の気安さへとつながっているようだ。

「お隣さんと毎日ワイワイガヤガヤやろうということが主たる目的ではなかったんですが、こういう距離感だと自然発生的にそういう感じになるんだなって思います。それは、うちにももちろん玄関はあるのですが、Yさんたちはたぶん玄関から入ったことは一回もなくて、なにかあると1階のふたつの窓のどちらかのガラスをトントンして“こんにちは~”と入ってくる。そんなことから感じますね」

そのようにして来られると構えなくてよいし、お互いに居心地がよいのかもしれないともMさんは言う。Yさんのほうも、友人を呼んでパーティをやっているときなどに、よかったら一緒にどうですかと呼んでくれたりすることもあるという。


左の開口は壁の向こう側にぜんぶスライドするので壁に大きく穴が開いたような状態になる。外部空間で作業をするような気持ちになれるという。

左の開口は壁の向こう側にぜんぶスライドするので壁に大きく穴が開いたような状態になる。外部空間で作業をするような気持ちになれるという。

M邸の裏にはレモンやユズの木が立っている。元々植えられていたものという。

M邸の裏にはレモンやユズの木が立っている。元々植えられていたものという。


カツオもやって来る

この気安さは、もちろん家のつくりにも関係している。Yさんたちが出入りするというダイニングのすぐ脇に開けられた木のフレームをもつ大きな開口は、奥さんが天気の良い日に外でご飯が食べられたらいいなと建築家に伝えて出来たものという。

この開口を開けるとダイニングから外へと連続空間が生まれる。人を呼んでバーベキューなどをして楽しむときにはうってつけだ。「日差しが強いから中にいたいという人がいても、内と外で隔てなく会話もできてとてもいいですね」とMさん。


正面の開口は「ガラガラと大きく開いて、開けるとここも外になったような感じになる」。人が集まった時には、外へとパーティ会場がそのまま連続していく。

正面の開口は「ガラガラと大きく開いて、開けるとここも外になったような感じになる」。人が集まった時には、外へとパーティ会場がそのまま連続していく。


この気安さはまた、敷地を越えて周りにも波及しているようだ。「これまででいちばんびっくりしたのはカツオですね」と言って話してくれたエピソードが面白かった。

「庭でバーベキューをしていたら、その様子が見えていたようで隣の敷地の方が“今日魚釣ってきたからこれやるよ”って、カツオを一匹ドーンとフェンス越しにくれたんです」

「この敷地がなせるわざだったんでしょう」とMさん。周囲の方から見ると隣地が大きく空いてるので見晴らしが良くなって気持ちがいいのだろうと。それに加えて、この2軒の家が放つ気安い雰囲気がこのようなハプニングも誘発するのだろう、そのように思えた。


M邸
設計 川辺直哉建築設計事務所
所在地 神奈川県鎌倉市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 73.52 m2