Architecture
旗竿敷地を効果的に光と風が通り抜ける
1本の木に家族が集う
木の温もりに包まれる
都心の人気住宅街。その意外性のある玄関は、旗竿敷地を活かしたものだった。家主は小学生のふたりのお子さんを育てるご夫婦、森川さん。
「遊びに来た人は、まず玄関を入ったところで“このまま入っていいの?”と聞くんです。中の構造が分かりにくいみたいですね」。玄関のドアを開けると、靴を脱ぐ小上がりのところまで細長い木の床の廊下が続いている。
「土間にするとか庭にするとかいろいろ考えたのですが。でも、靴で木を踏む感覚はあまりないので、その感触を楽しみたいと思いました」。土間が木の床でできているような独特の空間。まわりの壁面もむき出しの木で統一され、ほのかな香りと暖かなムードに包まれる。家の中もまた、むき出しの木材で構成された意外な空間が広がっていた。
光と闇が交差する森をイメージ
「予算内でどこまでできるか、という気持ちは正直言ってありました。でも想像がつく間取りにしてほしくない、とはお伝えしましたね」とご主人の弘基さん。1階の子供部屋、中2階のベッドルームやバスルーム、そして2階のリビング、キッチンまで、中央の格子壁を軸に仕切りのないスキップフロアで緩やかにつながっている。
「イメージは森の中です。暗がりにいると人は落ち着けたり安心できたり、居心地がいいと感じると思うんです。そういう闇空間があって奥行き感のある家を目指しました」と語るのは、設計にあたった桑原賢典さん。2階のリビングのトップライトや窓から入った光が、抜けのある空間を通って下のフロアまで到達。室内に光の濃淡を生み出しているのが特徴的だ。家全体が1本の木の傘で、その中で木漏れ日を受けながら家族が寄り添う暮らしが意図されている。
「もともと建築は、木に人が寄り添うようにできてきたのではないかと思うんです。構造と同時に、素材としての木の良さも感じてほしいと思い、塗装などは一切せず無垢の木を使いました」。
構造材の柱などに用いられているのは東濃ヒノキ。岐阜から直接買い付けることにより、ローコストながら質の高い国内産の木だけを使った家が誕生。それにより、国産材の普及を促して日本の森や水質資源を守ることに一役買っている。
人が集まる、自由な空間
「画一的な間取りだと使い方が決まってしまいますが、この造りなら子供の成長にも合わせて、色々と変化させていけると思います」という弘基さん。毎週打ち合わせを重ね、9カ月かけてプランニングしていった。いちばんの希望は、人が集まる家にしたい、というものだった。
「子連れで遊びに来てくれる友達が多いんです。みんなに居場所のある、居心地のいい家にしたいと思いました。今は友人がやってくると、それぞれ色々なところに座ってお酒を飲んだりしていますね」。2階のリビングには段差を活かしたひな壇のような階段が設けられ、人が座ったり寝転んだり、子供たちが勉強をしたり。自由に気兼ねなく過ごすことができる。
リビングの隣にあるカフェのような雰囲気のキッチンは、奥様の真貴子さんの希望が反映された。「家族を見ながら調理ができるようオープンキッチンにしたかったのと、動線を考えてもらいました」。洗濯機置き場はキッチンの一画に設置し、家事をまとめて行えるように考えた。
「四方を隣家に囲まれているので、暗いのは覚悟していたのですが、絶妙な位置に窓があって明るいし、冬も想像していたより暖かいですね」。お気に入りの北欧ビンテージのキャビネットや、琉球ガラス、信楽焼きの器など、真貴子さんが選んだインテリアが温かさを添えている。1本の木の傘のいちばん上にあたるこの明るいフロアでの、家族団欒の様子が伺える。
家族の気配を感じる家
1階の子供部屋は、木の壁に長女・葵ちゃん(9歳)、次女・萌ちゃん(6歳)のそれぞれのカラーをペイントした。「家族はもちろん友人も呼んでみんなで塗りました。むき出しにしておくと後から変えていける、そういう楽しみもありますね」。
玄関のドアはご主人が手を加えた。「黒い外壁に合わせて、焼き杉にしたかったんです。川原に行って板をバーナーで焼き、張り付けました」。家族が愛用する自転車を掛けるフックや棚なども、弘基さんがDIYで作ったという。
「コスト面もスペースの制限もありましたが、それがかえってうまく活かされたと思っています。上でテレビを観ていても、下で騒ぐ子供の声が聞こえたり。広さを出すため仕切りを取ったのが、どこにいても家族の気配が感じられる効果につながりました。家にいるだけで家族との一体感が感じられる、そんな気がしています」。