Architecture

芸術と自由を尊ぶ暮らし美しさに日々癒される、
シュタイナー思想に基づく家

S邸

エコビレッジ・藤野への転居

東京から電車で1時間ほどのロケーションながら、緑豊かな里山の風景が広がる神奈川県旧藤野町(現相模原市緑区)。1988年から町が「ふるさと芸術村構想」という事業を始めたことで、パーマカルチャーの農場やシュタイナー学園などがつくられ、エコビレッジとして知られるようになった。

その旧藤野町に家を建てたSさん一家。「それまでは逗子に暮らしていましたが、長女がシュタイナーの幼稚園に通う中で、小学校以降もシュタイナー教育を受けられればと思うようになったんです。湘南から藤野に通うのは難しいので、引越しを決意しました」とSさんは話す。

シュタイナー教育とは、20世紀初頭にルドルフ・シュタイナーが提唱し、ドイツで多くの学校がつくられ広がってきた教育法で、芸術や自由を重視した独自のカリキュラムで構成されている。藤野のシュタイナー学園は、小・中・高の12年間の一貫教育を行っていることから、Sさん一家同様、引っ越してくる家族も多いという。


通りからの外観。玄関のあるこのフロアが2階になる。外壁は檜に自然塗料をペイントして仕上げている。
通りからの外観。玄関のあるこのフロアが2階になる。外壁は檜に自然塗料をペイントして仕上げている。
広々とした玄関ホール。玄関ドアも岩橋さんのデザイン。左手に大容量の収納が設けられている。
広々とした玄関ホール。玄関ドアも岩橋さんのデザイン。左手に大容量の収納が設けられている。
2階フロアから1階のLDKへと続く階段。階段はサーモンピンク、奥のニッチはラベンダーに塗り分けられている。
2階フロアから1階のLDKへと続く階段。階段はサーモンピンク、奥のニッチはラベンダーに塗り分けられている。


高低差のある敷地を生かす

藤野の借家に引っ越したSさん一家は、家を建てるための土地探しをスタート。その間に、シュタイナー建築家・岩橋亜希菜さんに出会った。「亜希菜さんがリフォームした逗子のシュタイナーこども園の園舎を見たときに、その空間にとても魅かれて、わが家の設計も依頼できたらと思ったんです」。

岩橋さんは、ドイツでシュタイナー理論に基づいた建築や芸術を学び、国内外でシュタイナー関連施設の設計を多数手がけている。Sさんは「個人の住宅の設計をお願いできるのかな、とドキドキしながら依頼しました」と当時を振り返る。依頼を受けた岩橋さんは快諾し、家づくりがスタートした。

岩橋さんは「まずは敷地に2.5メートルの高低差があるのでその段差をいかすことを考えました」と話す。そうして提案されたプランは、2階に玄関と個室が配され、1階に家族が集うLDKがあるというもの。1階のLDKは南東に面し、開口部の先には庭が広がる。「個室は2階に、LDKは1階にと空間を公私ではっきりわけています。公と私の空間を取り持つ廊下を長めにとることで、心身の切り替えができるように配慮しました」。


キッチンからダイニング、リビングを見る。リビングへの下がり壁やカーテンレールなど、人が通るところには天辺の一部を持ち上げたようなモチーフを繰り返し配している。
キッチンからダイニング、リビングを見る。リビングへの下がり壁やカーテンレールなど、人が通るところには天辺の一部を持ち上げたようなモチーフを繰り返し配している。
リビングからダイニングを見る。サーモンピンクの壁と低めの天井が落ち着いた雰囲気を醸し出す。右手がキッチン。
リビングからダイニングを見る。サーモンピンクの壁と低めの天井が落ち着いた雰囲気を醸し出す。右手がキッチン。
キッチンは、持っている道具類や食器類をすべて測ってフルオーダーしたもの。使い勝手を考え、天板には石を用いた。梅干しや味噌などもこのキッチンで仕込むという。「長時間キッチンに立つことが多いので、機能的で美しく仕上げていただいて嬉しいです」(Sさん)。
キッチンは、持っている道具類や食器類をすべて測ってフルオーダーしたもの。使い勝手を考え、天板には石を用いた。梅干しや味噌などもこのキッチンで仕込むという。「長時間キッチンに立つことが多いので、機能的で美しく仕上げていただいて嬉しいです」(Sさん)。

光をまとうローズウィンドウ。
光をまとうローズウィンドウ。
調和を表現したスイス製のプロダクトを天井から吊っている。
調和を表現したスイス製のプロダクトを天井から吊っている。


素材や色がもたらすもの

S邸を訪れる人は、誰もがその居心地の良さを口にする。無垢の木や漆喰など吟味された自然素材の温もりや、部屋ごとにさまざまな色で彩られた壁の美しさが、まるで包み込まれるような安心感をもたらすのだ。

特徴的なリビングの壁のラベンダー色は石灰プラスターを調合して出した色だそう。岩橋さんは「空間に色があることが力になり、支えになってくれるんです。設計のときにはいつも『色は私に決めさせてください』とお願いしますが、空間にとって色は大切です」と話す。さらに「私のテーマは『空間と時間を融合させる』こと。春夏秋冬、朝日晩と日の光の差によって空間の色が変化してゆきます。また経年変化が味わいになっていくように、素材選びや仕上げにこだわっています」。その言葉どおり、壁の素材は部屋によって、和室に浅葱土、玄関に琉球はねず、2階の廊下に中国黄土など使い分けており、場所によって異なる表情を見せる。


ラベンダー色の漆喰壁のリビングでくつろぐ。テーブルはSさんが古道具屋さんで求めたもの。「この家には古い家具や雑貨が不思議としっくりきます」。
ラベンダー色の漆喰壁のリビングでくつろぐ。テーブルはSさんが古道具屋さんで求めたもの。「この家には古い家具や雑貨が不思議としっくりきます」。
木の実や松ぼっくり、珊瑚などが家のあちこちに飾られている。
木の実や松ぼっくり、珊瑚などが家のあちこちに飾られている。
 
家族の一員である愛犬もリビングの窓辺が大好き。
家族の一員である愛犬もリビングの窓辺が大好き。
リビングの天井は5角形。非日常的な空間ながら、居心地が良い。天井から吊るされた照明は、この部屋に合わせてデザインされたもの。
リビングの天井は5角形。非日常的な空間ながら、居心地が良い。天井から吊るされた照明は、この部屋に合わせてデザインされたもの。
リビングの一角には、木のぬくもりあふれるおもちゃコーナーが。
リビングの一角には、木のぬくもりあふれるおもちゃコーナーが。
階段に飾られたリースは、木の実の蔓でつくった手作りのもの。
階段に飾られたリースは、木の実の蔓でつくった手作りのもの。


地域とつながる建物

岩橋さん設計の家に暮らして約2年。Sさん夫妻は「引っ越した当初から建物が体になじむというか、違和感がまったくなく暮らすことができました」と振り返る。「体調が悪いときも、ディテールの美しさや色に元気をもらえるんです。子どもたちもこの家が大好きで、とても気に入っています」と笑顔で話す。

さらに、「工期が長かったこともあり、家を建てている間に、まわりの人との関係性ができていったのが良かったです」という。そうした地域とのつながりの中で、先日はリビングでライアー(竪琴)のミニコンサートを開いたそうだ。「シュタイナーの理念に基づいて建てられているので、人を招いて時間や空間をシェアすることがごく自然にできるんです。私たち一家の暮らしの場としてはもちろんのこと、地域にも開かれた場としていけたらいいなと思っています」。


1階へと続く階段の手前には、和室とその奥にご主人の書斎がある。
1階へと続く階段の手前には、和室とその奥にご主人の書斎がある。
「本に囲まれた空間がほしい」というご主人のリクエストでつくられた書斎。窓からは丹沢の景色が眺められる。
「本に囲まれた空間がほしい」というご主人のリクエストでつくられた書斎。窓からは丹沢の景色が眺められる。
 
主寝室としてつくられた部屋。現在は楽器をひいたり、本を読んだりと、各自が自由に使っている。
主寝室としてつくられた部屋。現在は楽器をひいたり、本を読んだりと、各自が自由に使っている。
茶室のような雰囲気をたたえる本格的な和室。壁は滋賀県の浅葱土仕上げ、襖は鳥の子和紙の太鼓張り、障子は月桃紙を用いている。
茶室のような雰囲気をたたえる本格的な和室。壁は滋賀県の浅葱土仕上げ、襖は鳥の子和紙の太鼓張り、障子は月桃紙を用いている。
子ども部屋も壁はサーモンピンクに。天井が高いので、開口部を設けて空気が流れるようにしている。
子ども部屋も壁はサーモンピンクに。天井が高いので、開口部を設けて空気が流れるようにしている。


和室と書斎からはバルコニーに出ることができる。「夏にここで山を眺めるのは最高です」。
和室と書斎からはバルコニーに出ることができる。「夏にここで山を眺めるのは最高です」。
南東からの外観。手前がリビングで、奥が2階部分。敷地の高低差がよくわかる。庭では家庭菜園をしたり、焚き火を楽しむことも。
南東からの外観。手前がリビングで、奥が2階部分。敷地の高低差がよくわかる。庭では家庭菜園をしたり、焚き火を楽しむことも。

S邸
設計 岩橋亜希菜
所在地 神奈川県相模原市
構造 木造
規模 2階建
延床面積 164.97m2