Architecture
自然とつながって暮らす裏山にまで居場所が広がる
大らかなつくりの家
大らかな家族
写真家の鈴木竜馬さんは自宅の設計を依頼する際に具体的なリクエストはあまり出さず、建築家に大部分をまかせるかたちで臨んだという。「趣味のために使える空間はひとつほしいという話はお伝えしました。あとはこちらからいろいろと希望を出すよりもプロにお任せしてヒアリングしていただいことを設計に生かしていただこうと」
設計を行った土田さんは鈴木さん一家の趣味や、好きな洋服、食事等々を聞き出したほか、家族それぞれの人柄にも接した結果「皆さんとてもおおらかなので、いろんなことを決めつけてしまうというか使い方を限定するような家にしてしまうと鈴木さんの家族にはフィットしないだろうなと」判断した。
家の中にあるもうひとつの家
鈴木邸の玄関を入るとすぐ目の前に広がるのが家の中に施工途中の家が入っているような一見不思議な光景だ。これから壁をつくって窓をはめ込むところだろう――そんな印象を受けるこのつくりには「鈴木さんたちのおおらかさにフィットするように」という思いのほかに、また別の設計側の意図が込められている。
「土間部分とLDKとを壁できちっと仕切るととたんにLDKの空間が限定されてしまう。それで土間自体もリビングのように感じられるようにしながらも、一方で人はある程度の縛りがないと落ち着かないところもあるので、少し囲まれている感覚をつくり出すためにケージのような空間を家のなかに設けました。このことで広がりがつねに感じ取れる空間になったのではと思います」(土田さん)
さらに土田さんは「ケージのようにゆるく仕切られた空間の周りに土間があって、そこから建物を出ると庭がある。さらにその外側には裏山があって、リビングからいくつものレイヤーが裏山のほうまで広がっていくような感じで家族の居場所をイメージしていきました。リビングから裏山までどこでも居場所になるようにすれば鈴木さんの家族が伸びやかに生活できるのではないかと考えました」と続ける。
最小限の間仕切り
ゆるく仕切られているのはLDK部分だけではない。内部を仕切る壁の量が最小限に抑えられ家全体が1室空間に近いかたちになっている。1階はトイレと浴室を囲む壁を取ってしまえばまったく壁の無い空間になるし、2階の寝室には間仕切り兼用の収納が中央に置かれているのみだ。しかもこの間仕切り兼収納は移動することができる。これは鈴木さんたちが大らかに暮らせるための装置であるだけでなく、さらにまた別のファクターを考慮したうえでのアイデアだった。
「これからも鈴木さんの趣味が増えていくだろうなと想定できたので、そうしたことにも対応し、かつ、将来お子さんが家を出ていくとかで家族の構成が変わっても対応できるように、家じゅうをフルに使い切れるようにしつつ、収納部分を移動できるようにして可変性のある空間のつくりを考えました」
どこにいても気持ちよく過ごせる
越してきてから2年半ほど。家ではリビングで過ごす時間が長いという鈴木さん。「仕切りがないので、リビングにいても2階や庭で遊んでいる子どもたちの声が聴こえてきて気配が感じられるのはすごくいいですね」と話す。さらに「1室空間のような感覚のこの家では、どこがいちばんいいということもなくどこにいても気持ちよく過ごせるし、椅子さえあればどこにいてもくつろぐことができる」という。
裏山の草を刈り竹や木を切ってマウンテンバイクで走り回れるようにしたという鈴木さん。「きれいになった山で子どもと遊んだりできるのですごく楽しい」という。また「ある意味贅沢させてもらっているなと思います」とも。自宅の敷地内で自然を楽しみ満喫できる。鈴木さんの言葉通り、都内でこれほど「贅沢」なことができるのも珍しい。本当にうらやましいことだ、そう強く思った。
鈴木邸
設計 no.555一級建築士事務所
撮影 鈴木竜馬
所在地 東京都八王子市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 103.85㎡