Architecture
開放感溢れる平屋的空間全面ガラス張りながら
“巣”のように落ち着ける家
お隣は柿畑
神奈川県の西部、東海道線の駅を降りて10数分ほどの住宅地の一角に畑と緑の広がる場所がある。板倉邸はその場所に隣接して立っている。
敷地の2辺が生産緑地に面し、隣は柿畑、少し先には竹林も見えるという、住宅地にしては珍しいロケーションなのである。そうした環境の中、4面をすべてガラス張りにした外観が異彩を放っているが、だからと言って、自らの存在を強く主張するような姿勢はいささかも感じられない。その理由のひとつに、屋根面が低く抑えられていることが挙げられるだろう。
床面を下げてつくる
中央部分を除くとほぼ平屋建てと言ってもよいこの家は、全体を70㎝掘り込んだ上に建てられているのだ。ポイントは、隣にある柿畑だった。夏になると葉が鬱蒼と茂り、ふつうに建てたのではせっかくの好立地にも関わらず、ちょうどその緑の部分に遮られて視線が抜けていかないのだ。
しかし、床面を少し下げれば、柿の葉に遮られず畑の先にまで視線がすっと抜けていく。これが建築家から出てきた案だった。もちろん、逆に通常よりも床面を上げるという選択肢もあったが、それではコスト高になる。床を下げるというのは、基礎がそのまま床になってコストを抑えられる上に、さらに、周りの住宅地に対して威圧的にもならず、また床面が地面より低くなることで落ち着き感も得られるという一挙三得(?)のアイデアであった。
横へ広がる空間
「明るくて、吹き抜けのような広い空間がほしかった」という板倉さんの要望に対して、建築家は縦方向ではなく横へ広がる空間を提案した。パーティションをすべて移動すれば、家の中央部分(コア)以外には視線を遮るものがないつくりにしたのだ。
「上に広くという発想しかなかったんですが、敷地を見ていただいて、このような提案をしてもらったんです。それがすごく気に入って」と板倉さん。また、4面ともガラス張りにしたため、視線はそのまま外部へと抜けてさらなる広がり感を得ることに。
収納部をまとめる
このほか、板倉夫妻は収納に関しても要望を出したが、そこで建築家から出された収納のアイデアもこの家の空間を大きく特徴づけることになった。「できるだけ収納して、モノが見えないようにしたかった」という奥さん。モノが溢れてくると、目から入る情報が多くて混乱するため、テレビも観ていない時には見えないようにしたかったという。
収納を家の中心部分にまとめるというアイデアによって、先述の横へと広がる内部空間が実現することになった。同時に、収納部の壁を横にスライドさせてパーティションの役割も兼ねさせる仕掛けによって、空間の可変性も確保された。
半閉じ
「お2人とは、普段はワンルームがいいけれど、寝るときなど部屋が必要になるときもあるから、空間を開放的に使ったり仕切ったりが自由にできるといいですね、という話をしました」と言うのはCAtで設計を担当した野地さん。
パーティションを2枚並べれば空間を完全に仕切ってしまうことも可能だが、1枚だけ使う「半閉じ」の状態も有効だという。「完全に閉じてしまうと隣の空間の気配が感じられなくなってしまうけれど、視線を遮る一方で空気がつながっていると、気配が感じられるのでけっこう落ち着くんですね」(野地さん)
巣のように落ち着く
板倉邸では、外へと開かれたつくりにしたため家の中にいても季節の変化をよく感じ取れるという。「柿の実がこんなに大きくなったんだな、とか季節をとても感じられるんですね。また、家の中にいても外にいるような感覚があって、夏は森の中にでもいるみたいです」と奥さん。
こうしたほとんど外部にいるような開放感を満喫しつつ、同時にとても落ち着いて過ごせるのがいいという。これは70cm掘り下げた効果だが、「巣のように落ち着ける」という奥さんの簡潔な表現が、この空間の心地よさを何よりも雄弁に物語っているように思えた。
設計 CAt(シーラカンスアンドアソシエイツ)
所在地 神奈川県小田原市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 91.42m2