Architecture
素材,工法,設備にこだわりの工夫都心の狭小地で
快適に暮らす
都心の狭小敷地に建てる
春日通りから1 本入った路地に面して建つ川久保邸。高層のマンションに囲まれたその敷地の周囲には2~ 3階建ての住宅がぎっしりと建ち並ぶ。
敷地は間口が3.3m、奥行きが約9m。都心での暮らしにこだわって見つけたこの土地の購入時のポイントは、道を挟んだ目の前の場所がお寺だったこと、そして柳の木が立っていたことだったという。
この柳の木が特にポイントだったという川久保さんは、設計事務所を主宰する建築家。設計をする際には家の中からどのように外の景色が見えるかをつねに考えるが、ここでは季節による柳の木の移り変わり、そしてちょっとした風で柳の枝がそよぐ景色を見て過ごせれば気持ちがいいだろうと考えたという。
外壁を内側からはめ付ける
しかし、10坪に満たない狭小敷地。商業地域でかつ防火地域のため敷地いっぱいまで建てることが可能だが、内部空間をできるだけ広く取るために境界線ギリギリまで建てるには外壁の外側に足場を組む必要のない工法を採用する必要があった。
そこで考えたのが細いフレームの鉄骨造の外側に60㎜厚のセメント板(アスロック)を配置していく工法だった。外壁となるセメント板を中からはめ付けていくこのやり方によって内部空間は短手方向で約2.4m 取ることができた。
このセメント板については、製品そのままを使用せず建築家ならではの一工夫があった。「通常の押出成形セメント板は表面がツルっとしたものですが、製品のサンプルを見た時に、裏側がざらざらしていて荒っぽい仕上がりに興味を持ち、工業製品だけど、手仕事のような質感を求められないだろうかと考えました。押出したままの状態で出荷できないかという問いかけに対して、初めは冷ややかでしたが、最終的には工場サイドの協力もあって、このような荒削りな表情のパネルの製作にこぎつけました」
階高を抑えつつ内部は広く
設計では厳しい敷地条件にどのように対処するかに多くの時間を費やしたというが、内部空間をより広く取ることに加えて、表面に手仕事感を出すというような細かいこだわりが随所に見られる。
まず内部空間をより広く取るということでは、天井を張らずにコンクリートのスラブをそのまま見せている。鉄骨の場合、天井にブレースを組むケースも多く見られるが、この家ではそれを避けてコンクリートのスラブを打った。
そうすることによって、天井がすっきり見えて、かつ、天井懐を小さくして階高を2.5m 程度に抑えている。コンクリートスラブを木の目が出るようにして少し柔らかい感じを出したのは、外壁と同様に仕上げにちょっとした工夫を加えることによって受ける印象ががらりと変わることを知り尽くした建築家ならではの選択だ。
階段も工夫
2階では長方形平面の中央近くにある階段室の周囲をガラス張りにすることによってその両サイドのスペースをつないで奥行き感を出しているが、さらに斜め方向にも視線の抜けをつくって窮屈にならないようにしている。
東側に向いて開けられたハイサイドライトからの光がこの階段室を通して落ちてくるが、この光を左右の部屋へと通しまた多方向への視線をできるだけ通すために、階段側面のささらと段板の厚みを最低限に抑え、手すりもなるべく視界の妨げにならないようなデザインとした。
さらに、黒ではなく濃いグレーに塗ることにより、その存在感をなるべく抑えている。また、ロフトを加えると最高で4フロアを上り下りするため、狭小住宅にしてはゆったりめの角度でつくり、半階ずつの短い階段を継ぎ合わせるようなつくりにすることで距離感を感じさせず移動が苦にならないようにしている。
温熱環境をコントロール
こうしたことは説明を受けて「なるほど」と初めて納得するようなところだが、実際にはこうした工夫をするとしないでは大きく空間の印象が変わってくる。環境の快不快を大きく左右する温熱環境は、目に見えないことから空間よりもさらにわかりにくい部分だが、ここでも川久保さんのこだわりが詰め込まれた。
「床にコンクリートを打ったのはもうひとつの意味があって 1、2階はスラブの上にさらに温水管を配管して蓄熱の床暖房にしているんです。コンクリートの12.5cmに加えてそのモルタル部分が6cmほど。これでだいたい20cm弱の蓄熱体ができる。これによって冬中同じような温度で暮らせないかなと。これまでいろいろやってきて事務所にはそのノウハウが蓄積していますが、今回はそれを実際に自分で体感してみようと思ってやってみました」
検証のために各階にセンサーを設けて記録を取っているというが、温熱環境に関してはこれに加えて空気の循環でも一工夫があった。いちばん上につくったロフト階にエアコンを設けて夏場はここから冷気を下におろし、循環器(ファン)によって下にたまった冷気を上にあげる。冬場はこのファンを逆回転させて家の上部にたまった暖かい空気を下へとおろす。
この空気の道を確保するために循環ダクトをつくっているが、この方法だと、きちっと断熱さえしていれば各室にエアコンを入れるなど重装備にしなくても夏冬での厳しい環境にも対応可能という。
「ダイニングはほぼ意図通りでしたが、ロフトから見る屋上がとても良いんです。ハイサイドライトを通して見る屋上は開放的で、光が気持ちいい感じで入ってくるのも予想していた以上でしたね」
設計 川久保智康建築設計事務所
所在地 東京都台東区
構造 鉄骨造
規模 地上3階
延床面積 70.04m2