Architecture
傾斜地を生かす心地よい距離感で
隣家と寄り添う暮らし
擁壁の上に建つ2軒の建て替え
神奈川県横浜市。道路の両脇に住宅が建ち並ぶ傾斜地の一角に、外観デザインが統一された2軒の家が建っている。
かつてここにあったのは、高さ4mほどの擁壁と、その上に並ぶS邸・O邸という2軒の住宅だった。
「40年ほど前、父親同士が会社の同僚だったご縁で、隣り合う敷地に2家族が同時に家を建てました。ここ数年は擁壁や建物が老朽化して危険な状態だった上、法律上の問題も出てきていました」。そう語るのは、建築家の島村香子さん。6年前、建築家として独立したのを機に、長年家族の懸案事項だったご実家(S邸)の建て替えについて考えるようになった。
しかし、擁壁が2軒一体で造られていたことから、1軒だけを壊すのは困難な状況。そこで当然のように同じ悩みを抱えていたOさんと密に相談し、問題を将来に持ち越すことなく安心して住み続けるために、2軒同時に擁壁を含めて解体・建て替えすることが決定した。
プライバシーと円滑な交流を両立
S邸の地階から1階に上がると、コンパクトながら居心地の良さそうなLDKが広がっている。
キッチンの勝手口を開けて、斜めに向かい合うO邸の勝手口に声をかけるSさんの娘のMさん。勝手口同士の距離は、わずか1.2mほどだ。
しばらくすると、Oさん家族が慣れた様子で、勝手口の間をひょいっと跨いでやって来た。お話を聞くため、S邸に集まっていただいたのだ。
40年以上に渡って“お隣さん”として家族ぐるみのお付き合いを続けてきたSさんとOさん。「よく遠くの親戚より近くの他人と言いますが、その通り。Oさんが隣にいるから心強い」とSさんは話す。
家族構成や生活スタイルが変わっても続いてきたこの関係を、今後もより良く続けていける住まいをつくることは、建て替えの要でもあった。
島村さんは、互いのプライバシーは確保しつつ円滑なコミュニケーションが図れるように、特に2軒の開口部の位置に気を配ったという。「常に目に入るわけではないけれど、気配は感じる。ちょっと覗いたら声を掛けられる、という距離感を考えました」(島村さん)。
前述した勝手口も、普段はお互いの視線が気にならない絶妙な配置。一方で、週2〜3回は勝手口越しにおかずのおすそ分けをし合っているのだそう。
「Oさんはいつも凝った料理をくれるのよ」とSさんが話せば、「おばちゃんの煮物はすごくおいしい」とOさんも。日常的に自然に支え合いながら暮らす、なんとも羨ましい関係性が垣間見えた。
つながる庭で豊かな緑を共有
2軒の関わりをより親密にしているのが、1階リビングから1段下がった場所に造られた庭である。この庭は、コンクリート造のテラスの上に、30㎝前後の土を盛ってつくられている。
特筆すべきは、フェンスなどをつくらず自由に行き来できるようになっていること。区切らないことで豊かな緑を共有でき、お互いが庭を広く感じられるのが魅力だ。また、「庭で一緒にコーヒーを飲んだり、ランチをしたりしています」とSさん。室内に上がらずとも気軽に交流できる場としての役割も大きい。
リビングとテラスの段差は、建ぺい率や斜線規制など法律上の制約を解決する策として生まれたものだが、これが傾斜地ならではの見晴らしの良さを一層豊かなものにしている。段差があることで庭の木々が視線を遮らず、近隣の緑、さらに遠くの緑、そして青い空……と視線が伸びて、奥行きのある眺めを楽しめるからだ。
「同じ土地なのに、建て替える前の家は景色を楽しめるような造りにはなっていなかったんですね」とSさん。「お客さんが来ると、緑がいっぱいで別荘みたいと言われるんです」。
将来の変化を見据えて
1階には、LDKのほか浴室や洗面室、Sさんの寝室を配置。将来的に階段の上り下りが難しくなっても、1階だけで生活が完結できるように配慮されている。また、必要に応じて地下から1階へ上るエレベーターが設置できるよう、専用のスペース(現在は食品庫として利用)を確保し、傾斜地で安心して住み続けられるよう工夫している。
一方、娘のMさんと孫のN君の寝室は2階に配置し、2つの部屋を可動式の収納棚で緩やかに区切っている。「今はまだ中1なので、親子でなんとなく混じり合って暮らしていますが、これからどうなるかわからないので」と笑うMさん。将来N君が巣立った後には間仕切りをなくして一つの空間として使うこともできる柔軟な間取りだ。
寄り添い、つながる
「お互いの建物は完結していながらも、2軒がつながることで暮らしがより良くなるように、というのが設計のテーマでした。実際には私が意図していた以上に交流が活発になり、嬉しいです」と語る島村さん。
干渉し合うわけではなく、なんとなくお互いの気配を感じながら生活し、必要なときには気軽に交流ができるー。
2つの家族が心地よい距離感で寄り添い、つながりながら、愛着あるこの場所で再び日々を刻んでいく。