Architecture
“広がり”と“奥行き”のある暮らし繊細につくり出された
心地の良いハーモニー
「模型を見た瞬間に、即決しました」と小島さん。奥さんによると、「こんにちはーって言って建築家の事務所に入って模型を見てすぐ、じゃあ、これでって言って(笑)」
「この土地だったらこんな家になるのかなとか、自分でもいろんな想像はしていましたが、こういうやり方があったか!と思いましたね」と語る小島さんは、サントリーなどの広告の制作を手がけるサン・アドのアートディレクター。この瞬間的な判断の速さはやはりふだんヴィジュアルの仕事をしているからこそなのだろう。
広がり感をつくり出す中庭
この段階でほぼ基本的なつくりが決まった小島邸、やはりこの三角形の中庭が第一の特徴だ。庭を介して対面する部屋が見通せることから生まれる開放感と広がり感が、住宅が建て込んだ環境では珍しい心地の良さをもたらしている。
「1階は、床も中庭もモルタルで視覚的につながりがあるので、部屋自体は広くなくても、中庭からすーっとつながった雰囲気がする」と奥さん。
この雰囲気とつくりはパーティにうってつけのよう。うかがうと、七輪とテーブルを出してホームパーティを開くことがあるという。
「桜木町にある鶏肉専門店でめちゃめちゃうまい宮崎地鶏を売っていて、それを七輪で焼いて、あとは2階のキッチンで作ったものをもってきて」。七輪パーティに集まるのは、小島さんの会社の仲間や奥さんの同級生たちだ。
ヤマボウシと小鳥たち
「ゴールデンウィークや今みたいな気候の良い時は誰かを呼びたくなりますね」と小島さん。と、その時、奥さんが「あ、スズメが来た」と中庭の木のほうに注意を促した。
庭の真ん中に陣取るのはヤマボウシの木。スズメのほか、シジュウカラやメジロが羽を休めにによくやって来るという。真ん中に木が植わっていたことも設計案で気に入った大きなポイントだったため、この場にふさわしい木を見つけようとけっこう探し回ったという。この家のどこからでも見えることから、「見る角度によって表情の変化が楽しめ」また「1本なのにちょっと森的にも見える」ヤマボウシに決めた。
そのヤマボウシには、よく見ると小さな植木鉢がひとつ、枝にかけられている。中に小鳥たちのための餌を入れているのだという。春と夏場は虫などを捕まえて食べているようで、鳥たちは毎年10月から3月ぐらいの間だけ餌をついばみに小島家の庭にやって来るという。
心地良さをつくり出すもの
この家の心地よさをつくり出しているのは中庭だけでない。「住空間は心地の良いものであってほしい」という小島さんと奥さんの、モノに対する細かな配慮が家の随所に行き渡り、全体に何とも心地のよいハーモニーをもたらしているのだ。
その小島家のモノたちは、どれもが人の目に強くアピールすることなくあくまでさり気ないたたずまいが特徴的だ。たとえば、船舶用のランプやロープなど、2階には船のモチーフを感じさせるものがいくつか配されているが、これらも決してその存在を主張することなく全体の中にうまく融け込んでいる。
「横浜育ちなので、無意識にこういうセンスが出てしまうのだと思いますが、これ以上船というのが前に出てくるととたぶんいやなんだと思うんです。このくらいの使い方がちょうどいい感じ」と小島さん。
家具も繊細にセレクションされている。休みの日には雑貨屋や家具屋をよく見て回るという夫妻がダイニングテーブルに選んだのはパシフィック・ファニチャー・サービスの製品。ユーズドのスクールチェアとのコンビネーションが良く、また、木を多用した温かみのあるLDK空間にとてもフィットしている。
アッシジのハト
家具とともにインテリアの「心地の良さ」をつくり出しているのは、家のそこここにセンスよく配されたおしゃれな小物たち。旅行先で買ったもの、小島さんの仕事つながりの小物など由来はさまざまだ。
「どこか旅へ行った際に購入したモノならその旅のことを思い出すし、知り合いが描いた絵ならばその人のことももちろん思い出しますね。自分の描いたものなら、こういう時に描いたなとか」
こうした、それぞれに思い出のこもったモノたちが、小島家の「心地良さ」に奥行きをもたらしている。階段の途中に埋め込まれているのは、新婚旅行の際にイタリアのアッシジで購入したハトのタイルだ。「絶対どこかいいところに使ってほしい」と建築家に依頼したのものだという。
「年に数回、奇跡的にあのハトのところに朝日が当たって、反射した光があたりの壁にふぁーっと広がる一瞬があるんですよ」
その時、小鳥に説教した伝承のある聖フランチェスコゆかりのアッシジの地とともに、2人のイタリアへの旅の記憶が鮮烈によみがえるにちがいない。
設計 保坂猛建築都市設計事務所
所在地 横浜市
構造 木造、一部RC造
規模 地上2階
延床面積 91m2