Architecture
継承される記憶新築だけど
懐かしさのある家
前の家のものを残して使う
Nさんのお母様が暮らしていた築50数年の家を取り壊したのが3年前。設計を依頼した若原さんに、解体作業の前にその古い家を見てもらったことがN邸のあり方を決めるうえで大きなポイントとなった。
「若原さんが“まずは見に行きます”って言ってくださったんですね」と話すのは奥さん。N夫妻は建て替えに際して、前の家のものを何か残して新しい家で使うとは思ってもみなかった。また、前の家のイメージをどこか引き継ぐような家にしてほしいという要望もなかったという。若原さんによるとそれは、「残す残さないは別として、前の家がどういうものだったのか設計をする前に見ておきたかったし、ただ更地にして新しい家を建てるのはもったいないかなと思って発した言葉だった」と話す。
竣工する少し前、はじめてこの家を訪れた息子さんが一目見て思わず、「あ、おばあちゃんちだ!」と言ったそう。これはこの窓を見ての発言だったという。
応接間をぐるりと囲んでいたこの窓は、N家の人たちにとって前の家のイメージを代表するものだったのだ。
家を開く
この窓が設置されたスペースは焦げ茶色の木の壁面が特徴的だが、これは奥さんが書道をされる関係でまずは計画されたもの。「書道教室を必ずしようとまでは決心が固まっていなかったんですが、個人で書くための場所はほしいと話をしている中で、それであればリビングとつなげることで書道教室をすることもできるし、別の用途にも使えるといったご提案をいただいたんです」
若原さんの提案は、Nさんが定年になってずっと家にいるようになることも見越してのものだったと話す。
「“家を開く”というか、書道教室をやるためだけのスペースではなくて、たとえばご主人が趣味のサークルに入ったらその会合に使ってもいいし、展示スペースとして貸すこともできるような、外へと開かれたスペースとして計画しました」
日本画とピアノと松ぼっくり
残したのはガラス窓だけではなかった。Nさんのお母様が自身で描いた日本画のうちの1枚がリビングの壁にかけられているのだ。若原さんも加わって大量に遺された絵を片づけているうちに、やはり何枚かは取っておこうと決まった。また打ち合わせ時にお母様にまつわる思い出話が盛り上がる中で、厨子を置くコーナーをつくること、そして1962年頃にイギリスで購入されたという古いピアノを絵と厨子の近くに置くことも決まっていった。
厨子には木彫作家のクロヌマタカトシさんに彫ってもらった松ぼっくりがおさめられている。これは葬儀の際には棺の中に入れてほしいというくらい松ぼっくりが好きで、海外滞在時も含めて膨大な数の松ぼっくりを収集していた故人を偲ぶものだ。
「結局、窓と絵とピアノと松ぼっくりとが集合することになって、日常の生活の中でもお母さんの影というのか存在を感じられるスペースになったのではないか」と若原さん。
最初から懐かしい家
この家に越してきてから4カ月ほどだが、奥さんは新築であるにもかかわらずどこか懐かしい感じがするという。「不思議な感覚ですが、それがすごく楽しい。あと、素人にはこのような家になるとは想像もつかなかったんですが、メリハリがあって広いところとこもることのできる空間の両方があるのもすごく楽しいですね」
Nさんはリビングの空間がとても落ち着けて好きだという。さらに「この裏庭に向けて開いた窓の上の段になった部分が一見無駄なように見えながらすごく味があってとてもいいです。夜、光が当たるとまたこれがいいんですよ」と話す。
新築の家はなじむまで時間がかかるものだが、N邸は越してきた当初から「落ち着けて」また「懐かしい」。これはN邸が前の家とお母様の記憶をしっかりと継承しているからこそなのだろう。
設計 若原アトリエ
所在地 神奈川県藤沢市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 101.92m2