継承される記憶新築だけど懐かしさのある家

継承される記憶新築だけど
懐かしさのある家

前の家のものを残して使う

Nさんのお母様が暮らしていた築50数年の家を取り壊したのが3年前。設計を依頼した若原さんに、解体作業の前にその古い家を見てもらったことがN邸のあり方を決めるうえで大きなポイントとなった。

「若原さんが“まずは見に行きます”って言ってくださったんですね」と話すのは奥さん。N夫妻は建て替えに際して、前の家のものを何か残して新しい家で使うとは思ってもみなかった。また、前の家のイメージをどこか引き継ぐような家にしてほしいという要望もなかったという。若原さんによるとそれは、「残す残さないは別として、前の家がどういうものだったのか設計をする前に見ておきたかったし、ただ更地にして新しい家を建てるのはもったいないかなと思って発した言葉だった」と話す。


1階道路側の窓。解体された家の窓をそのまま使っていて、昭和中期頃のレトロな雰囲気が漂う。周りの壁などの木はこのサッシの色味に合わせて塗装が施されている。
1階道路側の窓。解体された家の窓をそのまま使っていて、昭和中期頃のレトロな雰囲気が漂う。周りの壁などの木はこのサッシの色味に合わせて塗装が施されている。


家を実際に見た結果、応接間に使われていた窓の一部を残すことに。「前の家でいちばん印象的だった」と奥さんが言うその窓は、現在は国内生産されていないガラスが木のサッシにはめ込まれている。1階道路側の窓で使われることになったこの窓は、柔らかな凹凸がつくり出すラインが水平に並んだガラスと、焦げ茶色の木のサッシとのコンビネーションで、昭和のレトロな雰囲気を醸し出している。

竣工する少し前、はじめてこの家を訪れた息子さんが一目見て思わず、「あ、おばあちゃんちだ!」と言ったそう。これはこの窓を見ての発言だったという。
応接間をぐるりと囲んでいたこの窓は、N家の人たちにとって前の家のイメージを代表するものだったのだ。


書をマグネットで留められるように壁の最上部にフラットバーが取り付けられている。焦げ茶色の壁は書道紙を留めたときにコントラストがついて書がより映えて見える。
書をマグネットで留められるように壁の最上部にフラットバーが取り付けられている。焦げ茶色の壁は書道紙を留めたときにコントラストがついて書がより映えて見える。
リビングの天井に開けられたトップライトが手前の北側のスペースにまで光を注ぐ。
リビングの天井に開けられたトップライトが手前の北側のスペースにまで光を注ぐ。


家を開く

この窓が設置されたスペースは焦げ茶色の木の壁面が特徴的だが、これは奥さんが書道をされる関係でまずは計画されたもの。「書道教室を必ずしようとまでは決心が固まっていなかったんですが、個人で書くための場所はほしいと話をしている中で、それであればリビングとつなげることで書道教室をすることもできるし、別の用途にも使えるといったご提案をいただいたんです」 

若原さんの提案は、Nさんが定年になってずっと家にいるようになることも見越してのものだったと話す。
「“家を開く”というか、書道教室をやるためだけのスペースではなくて、たとえばご主人が趣味のサークルに入ったらその会合に使ってもいいし、展示スペースとして貸すこともできるような、外へと開かれたスペースとして計画しました」


パブリックな用途にも使用することが想定されている手前のスペースとリビングは低い壁でゆるやかに分節されている。白い壁には漆喰が塗られているが、Nさんはこの漆喰壁に当たる光の感じが素敵で気に入っているという。
パブリックな用途にも使用することが想定されている手前のスペースとリビングは低い壁でゆるやかに分節されている。白い壁には漆喰が塗られているが、Nさんはこの漆喰壁に当たる光の感じが素敵で気に入っているという。
住宅にしては大きな気積をもつ空間。これはNさんのお母様が描かれた「秋の日」という日本画作品をかけるために大きな壁面が必要だったためだが、同時に多人数の人が来ても対応可能な空間となった。 N邸
住宅にしては大きな気積をもつ空間。これはNさんのお母様が描かれた「秋の日」という日本画作品をかけるために大きな壁面が必要だったためだが、同時に多人数の人が来ても対応可能な空間となった。


日本画とピアノと松ぼっくり

残したのはガラス窓だけではなかった。Nさんのお母様が自身で描いた日本画のうちの1枚がリビングの壁にかけられているのだ。若原さんも加わって大量に遺された絵を片づけているうちに、やはり何枚かは取っておこうと決まった。また打ち合わせ時にお母様にまつわる思い出話が盛り上がる中で、厨子を置くコーナーをつくること、そして1962年頃にイギリスで購入されたという古いピアノを絵と厨子の近くに置くことも決まっていった。 

厨子には木彫作家のクロヌマタカトシさんに彫ってもらった松ぼっくりがおさめられている。これは葬儀の際には棺の中に入れてほしいというくらい松ぼっくりが好きで、海外滞在時も含めて膨大な数の松ぼっくりを収集していた故人を偲ぶものだ。

「結局、窓と絵とピアノと松ぼっくりとが集合することになって、日常の生活の中でもお母さんの影というのか存在を感じられるスペースになったのではないか」と若原さん。


テーブルはこの家のために製作されたオリジナル。リストアされて新品同様に見えるピアノの右隣には厨子の置かれたコーナーがつくられている。
テーブルはこの家のために製作されたオリジナル。リストアされて新品同様に見えるピアノの右隣には厨子の置かれたコーナーがつくられている。
奥さんがとても好きだという庭。大きな窓を通して庭を体感することができる。窓の上部が壁から突き出て段状になっているがこれは「リビングのある空間の断面のプロポーションが最後までしっくりこなくてスタディを重ねた結果」できたもの。
奥さんがとても好きだという庭。大きな窓を通して庭を体感することができる。窓の上部が壁から突き出て段状になっているがこれは「リビングのある空間の断面のプロポーションが最後までしっくりこなくてスタディを重ねた結果」できたもの。
1962年頃、Nさんのご両親がイギリス滞在時にハロッズデパートで買い求めたドイツ製のピアノ。
1962年頃、Nさんのご両親がイギリス滞在時にハロッズデパートで買い求めたドイツ製のピアノ。
リビングの開口近くから見る。左手にキッチンがある。
リビングの開口近くから見る。左手にキッチンがある。
厨子の中にはお母様が大好きだった松ぼっくりを象った彫刻がおさめられている。
厨子の中にはお母様が大好きだった松ぼっくりを象った彫刻がおさめられている。


最初から懐かしい家

この家に越してきてから4カ月ほどだが、奥さんは新築であるにもかかわらずどこか懐かしい感じがするという。「不思議な感覚ですが、それがすごく楽しい。あと、素人にはこのような家になるとは想像もつかなかったんですが、メリハリがあって広いところとこもることのできる空間の両方があるのもすごく楽しいですね」

Nさんはリビングの空間がとても落ち着けて好きだという。さらに「この裏庭に向けて開いた窓の上の段になった部分が一見無駄なように見えながらすごく味があってとてもいいです。夜、光が当たるとまたこれがいいんですよ」と話す。

新築の家はなじむまで時間がかかるものだが、N邸は越してきた当初から「落ち着けて」また「懐かしい」。これはN邸が前の家とお母様の記憶をしっかりと継承しているからこそなのだろう。


1階のダイニング・キッチン。コンパクトにデザインされたテーブルのスケール感も良く、落ち着く空間となっている。
1階のダイニング・キッチン。コンパクトにデザインされたテーブルのスケール感も良く落ち着く空間となっている。
ダイニング・キッチンからリビングスペースを見る。
ダイニング・キッチンからリビングスペースを見る。


リビングからダイニング・キッチンを見る。キッチンはリビングからでも火元が見える位置に配置してもらった。
リビングからダイニング・キッチンを見る。キッチンはリビングからでも火元が見える位置に配置してもらった。
書道教室などで左の空間が使われているときのために、プライベート空間にダイレクトに行ける動線を用意した。
書道教室などで左の空間が使われているときのために、プライベート空間にダイレクトに行ける動線を用意した。


2階に上って左手にある空間。手前左側が奥さんの部屋で奥がNさんの部屋。
2階に上って左手にある空間。手前左側が奥さんの部屋で奥がNさんの部屋。
Nさんの部屋にはハイサイドライトから光が入る。
Nさんの部屋にはハイサイドライトから光が入る。


奥さんの部屋を仕切った状態。奥に見えるのが息子さんの部屋。家族全員が「小さなスペースで十分」ということから、2階の個室はコンパクトに納め、その分、1階のリビングを広くした。
奥さんの部屋を仕切った状態。奥に見えるのが息子さんの部屋。家族全員が「小さなスペースで十分」ということから、2階の個室はコンパクトに納め、その分、1階のリビングを広くした。
N夫妻は「漆喰や木などを使って自然な感じにしてほしい」という希望は持っていたが、このような空間になるとはまったく予想をしていなかったという。
N夫妻は「漆喰や木などを使って自然な感じにしてほしい」という希望は持っていたが、このような空間になるとはまったく予想をしていなかったという。
左側とのバランスを考え、右の部分を思い切って高くデザインした。ご近所では「塔のある家」と言われているという。
左側とのバランスを考え右の部分を思い切って高くデザインした。ご近所では「塔のある家」と言われているという。
手前の窓ガラスは強度が不足していて割れやすいため、内窓として使用している。
手前の窓ガラスは強度が不足していて割れやすいため、内窓として使用している。


N邸
設計 若原アトリエ
所在地 神奈川県藤沢市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 101.92㎡