Architecture
桜が見える家隅々まで手をかけた
大工の自邸
大工とインテリアコーディネーター夫妻の家づくり
桜が満開となった4月初旬のある日、坂牧さん夫妻が住む町田市の家を訪ねた。
坂牧邸が建つのは、緑豊かな市民公園のすぐ隣。目の前が桜並木になっており、窓からはまるで絵画のように美しく切り取られた桜を楽しめる。
将平さん・麻世佳さん夫妻は、「毎年特等席でお花見を楽しめるところに惹かれ、この土地を選びました。昨年冬に竣工して初めての春を迎えたのですが、想像以上の眺めですね」と、声を揃える。
将平さんのお仕事は大工。お父さま・お兄さまと共に、坂牧工務店で家づくりを行っている。麻世佳さんはインテリアコーディネーターで、建築事務所で働いていた経歴を持ち、現在は坂牧工務店で空間デザインなどを担当している。そろって家づくりのプロである2人。「結婚してからずっと、自分たちらしい家を自らの手で建てたいと考えていました」と話す。
そんなお2人が設計を依頼したのは、IYs inc.(イノウエヨシムラスタジオ株式会社)の井上亮さんと吉村明さん。以前から、「設計:IYs inc. /施工:坂牧工務店」というタッグを組んで家づくりをしており、遊び心や高いデザイン性を備えたプランに一目置いていたという。
開放感とこもり感の共存
これまで数多くの家を見てきたからこそ、「普通の家にはしたくない」「自分の家だからこそできることをしたい」という想いがあった坂牧さん夫妻。「ジャングルジムのようにワクワクできる家にしたい」「壁一面の本棚が欲しい」「外との繋がりを感じて過ごしたい」という希望を、IYs inc.のお2人に伝えたという。
それを受けた井上さんと吉村さんは、プランをじっくり考案。1階をワンフロアのLDKとし、桜が見える窓のある壁面に、壁一面の本棚を組み合わせることにした。また、フロアや個室をはっきり区切らない繋がりのあるつくりとし、家中どこにいても視線がすっと抜ける心地よさを生み出した。
井上さんと吉村さんが最後まで悩んだのは、吹き抜けの有無だった。麻世佳さんは「開放的に吹き抜けをつくりたい」、将平さんは「こもり感が欲しい」と言っていて、希望が相反していたのだ。また、敷地面積的に、吹き抜けをつくると床面積が限られてしまうのも問題だった。「お2人の希望をなんとか叶える案はないものかと考え抜きました。そして最後の最後に閃いたのが、1階は天井を上げて開放的に、2階はその分天井高を抑えてこもり感を、というシンプルな解決法でした」(井上さん)。
一生懸命になりすぎて
家を建て始めたのは昨年の夏。施工は将平さんがほぼ一人で行い、内装はご夫婦で協力して仕上げたという。しかしその作業には、夫婦喧嘩がつきものだった。
「うちの奥さんは凝り性で、デザイン性や暮らしやすさをとことん追求するんです。でもその要求は、大工の僕からするとすごーく難しかったり、前例がなかったり……。『こんなにギリギリじゃできないよ!』、『いや、ここは妥協したくない!』って、四六時中やりあってましたね」と話す将平さんに、麻世佳さんも「2人とも一生懸命になりすぎてムキになってしまって……。造りかけの棚を『もういい!』って破壊したこともあったよね」と笑う。
特に大変だったのが、造作のキッチンと書斎。ミリ単位で完璧を求める麻世佳さんの理想を叶えようと将平さんが奮闘し、かなりの時間と手間をかけて満足のいくものをつくりあげた。
「作業中は終わりが見えなくて『これは悪夢だ』って思っていたけれど(笑)、今思えば奥さんの希望を叶えてあげられて良かったなと思いますね」(将平さん)。
大好きな住まい
麻世佳さんのデザインへのこだわりと、将平さんの大工の腕があわさって完成した坂牧邸。IYs inc.のお2人も、「この空間には、時間を手間を惜しまず、お施主さん自らが愛情を込めてつくりあげたからこその心地よさがありますよね」「空間コーディネートも造作の家具も本当に見事で、お二人の腕の良さが体現されています」と感心しきりだった。
坂牧さん夫妻がこの家で暮らし始めて約4カ月。「空間が全て繋がっているから、贅沢でゆったりした気持ちになります」「夫婦で喧嘩しながらも一生懸命つくったから、どこを見ても『やっぱりいいなあ』と思うんですよ」。お2人の話を聞いていると、家への愛着がひしひしと伝わってくる。
情熱と経験を注ぎ込み、自分たちらしい家を完成させた坂牧さん夫妻。窓の外の桜も、そんなお2人を祝福しているかのようだった。
設計 IYs inc.(イノウエヨシムラスタジオ株式会社)
施工 株式会社坂牧工務店
所在地 東京都町田市
構造 木造
規模 地上2階建
延床面積 106.81m2(1階53.82m2/2階52.99m2)