「土地探しを始めて家づくりをすると決めた時は、まだ夫婦だけで子供も予定してないぐらいの段階だったんですね」。こう語るのは、幸希さんと夫婦で設計事務所を構える西村嘉哲さん。
上の子を宿して生活が変わり始めている時にちょうどこの家を設計することになり、これからの人生というのはたぶん自分たちが思っている以上にいろんな変化があるのだろうなと思い始めたという。
「頭で思っているのと実際に子供ができてではまったく違って、すべてを想定した何かをつくるというのがあまりリアルじゃない気がしたんですね。なので、逆にいろいろ起こって変わっていくことを当然のように受け入れられる器を作っておきたいなと」
そして、「そろそろリフォームしなければいけないかなあ」とネガティヴに思うのではなくて、「家族構成が変わったから家を変えちゃおう」という具合に、もっと気楽でポジティブな感じで変化させていけて家族に合わせて続いていく家にしたかったという。
そこで、この家に〈つづくいえ(続く家)〉という名前を付けた。
〈つづくいえ〉の工夫
「続いていくこと」が可能になるように、木造では珍しく外壁のみを構造体にして間仕切り壁には構造の役割を持たせず壁の配置を自由に変更できるようにした。さらに他にも空間の工夫があり、それは〈つづづくいえ〉という名称のもうひとつの由来ともなっているという。
「ワンフロア約5×6mの30m2ちょっとの空間なので、それをワンルーム的につくってしまうとその大きさが即座に識別できてしまう。それはイコール空間が小さいということにダイレクトにつながるので、ワンルームだけどワンルームに感じさせないようにうまく壁を配置して壁の向こう側の空間をつくって、全体の大きさを一度では認識できないようにしています」
と同時に、壁がひとつの空間からその次の空間へまっすぐそのまま連続してつながるように工夫。つまり空間と空間がとぎれることなく続く家なのだ。
たとえば、キッチン脇のパントリーは、ダイニングとリビングを隔てる壁をキッチン後ろの壁まで延ばして個室化することはせず、キッチンスペースがパントリーまでつながるようにすることで、奥行き感を出している。
「これはすべての空間がそうなっていて、空間の四角さをそのまま感じるところがないんですね。そういうちょっとずつの小さな操作で、元々の面積の小ささをクリアするという風に設計はしていますね」
この西村邸、実はかなりローコストでつくり上げたのだが、それによって、チープ感を出さないために、家具などかけるべきところにはお金をかけたという。
1階と3階の収納はデンマーク製で、1960~70年代のヴィンテージ家具。1階のフロアランプは、フィリップ・スタルクがデザインしたもので、硬いイメージを持たれがちの設計事務所に「柔らかい印象が欲しい」と購入。妹島和世デザインのフラワースタンドは花を差さずとも生き生きとした存在感で空間に明るさをもたらす。「ほんとにいいものを持つと気持ちも上がるし空間のアクセントになってくれて模様替えするのも楽しかったり、造付け家具とはまた違う面白さがあると思う」と嘉哲さん。これも「家が続いていく」ための工夫のひとつなのだろう。
コミュニティへの仕掛け
西村邸の1階には、コーヒー豆入りの瓶を並べた棚が置かれている。ここで、軽井沢でカフェを営む友人が焙煎する香り良く美味なコーヒー豆の販売も行っているのだ。設計事務所を構えていても、そこからは近所付き合いはなかなか生じない。そのきっかけになればと思って始めたという。「やはりここに住むと決めたということは、ここのコミュニティの中に入ってきたということだから、それを自然に行える手段のひとつとして考えました」と嘉哲さん。
「建築家との家づくりは決して敷居の高いものではないということを少しずつでも伝えていきたい。おいしいコーヒーを飲みながら楽しくおしゃべりできる、そんな設計事務所としてこの地に根付きたい」という幸希さん。「家は建ったらゴールではなく、そこがスタート。そして住み手とともに続いていくんです」
西村邸(つづくいえ)
設計 西村嘉哲+西村幸希建築設計
所在地 横浜市港北区
構造 木造
規模 地上3階
延床面積 101.07m2+小屋裏収納16.08m2