Green
木立の中の日々モミジの木陰で
味わう最上の時間
こう語るのは建築家の山縣洋さん。実家の周りでは、夜になるとフクロウが鳴きコウモリが飛んでいた。そういうものが今でも原風景としてあるという。
手がけた住宅はどれも自分の家のような感覚でつくってきたので、あえて自邸を設計したいという強い気持ちはなかったけれど、良い土地にめぐり合ったらつくってみたいと思っていたという。
「3~4年ほど、ずっと調べたり見たりしていたんですが、価格の問題とかあってなかなか買えなかったんです。あるときネットでこの物件を見つけて、敷地が広いのにすごい安いからきっと何かあるんだろうなと思って見に来たら借地権付きの土地で、道路が狭くて、地盤が悪いとかの問題があったんですが、そういうのを逆に交渉のネタにして値段をすごく下げて頂いて」
緑にはかなわない
こうして求めていた土地にめぐり合った山縣さん。自宅であれば実験的なことを存分に試みることができるが、そうしたことをするにはあまりにも条件が良すぎたという。
「もう少し普通の住宅地で新たな住宅モデルをつくるのには意味があるような気がしますが、これだけ良い条件の場所なので、謙虚に受け止めてというか、素直に設計したほうがいいんじゃないかと」
この判断には、日ごろからの、“建築は緑にはかなわない”という思いも大きく作用したにちがいない。「いくら建築が頑張って気持ちのいい空間をつくろうとしても、たとえばこの庭のモミジの木陰にはかなわないなっていうのがあって」
「人間はそもそも自然の木がたくさんある中で住んでいたわけですから、そういう状態をつくれればすごく居心地がいいんだろうなと思いますね」
さらなる心地よさをつくり出す
新たな試みはなくても、周囲の緑によってもたらされる心地良さをさらに豊かにする建築的な仕掛けは何重にも考えられた。
「この家をつくる前から、住宅に限らず多様な場所がある建築がいいなと思っていて。すごく単純なシステムでできていたとしても、実際の空間としてはいろいろな場所があるようなものをつくっていきたいとずっと考えていたんですね」
人はそのときの気分や季節によって、どの空間がいいと感じるかが変わる。外部に対する開き方、明るさや雰囲気だとかが異なる“多様な場所”があれば、その時の選択の幅が広がるという。
この家の場合は、まず、部屋の2辺がガラスを介して外部に接するダイニングとリビング。そして、それよりも壁で閉じた子ども部屋や主寝室、和室。逆に、リビングやダイニングより外に対して開いた1、2階のテラス、さらに、モミジの木の下のテラスのような外部空間まで、まさに多様な場所が用意された。
視線の抜けは実際の大きさよりも広がり感を感じさせる。人目につかない場所につくられた開口を通しては、心地の良い風が抜けていく。
これらはすべて、建築のプロならではの周到な計算に基づいて実現されたものだが、実は、ひとつだけ誤算があった。湯船に浸かってゆっくりと緑を眺めたいと大きく開けた浴室の窓。帰宅がいつも暗くなってからのため、平日にはまったく味わうことができないという。そのため山縣さんには、目下、休日限定の楽しみとなっている。
設計 山縣洋建築設計事務所
所在地 川崎市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 167.52m2