Hobby
明治の建築に暮らす海とカラクリを楽しむ
築134年、床面積147.87㎡の家
明治12年に建てられた母屋
かながわの景勝50選に選ばれる秋谷の立石から程近い場所に、明治12年に建てられた戸建てがある。暮らすのは庭師であり木工作家の白倉祥充さん、そして陶芸家で妻の白倉えみさんご夫婦。この古民家はお二人の生活の場でもあり、作品を展示販売するギャラリーでもある。
「ここで暮らすようになって3年になるんです。それこそ、はじめて(この家を)見た時に一目惚れしたんです(笑)」
まず、この家を見て感じるのは、丸ごとアンティークというのはもちろんだが、構造がとてつもなくユニークという点だろう。特に母屋に入ると天井は高く、中2階には謎の空間があるなど、探訪し甲斐がありまったく飽きさせないつくりになっている。
「住んでいても飽きませんよ。もともとは大工の棟梁だった方が自宅として建てたものらしく、建て増しをした箇所がいくつかあります。ただ、古い建物だけに隙間がけっこうあるんです。でも、それを見つけては埋める作業も楽しいんですけどね」
仕事が活かせる味のある住居
二人にはそれぞれの仕事がある。夫は木工作品を手がける庭師、妻は陶器をここで創っている。二人の創作活動に、囲炉裏の煙で燻された跡が色濃く残るこの場所は、住まう・暮らす以上の特別ななにかをもたらしているような気がする。
「そうですね・・・・・・たしかにこの家で暮らすようになって、特別なものをもらっているかもしれませんね。照明の傘や普段使う食器も、自然とここに置くことを考えてつくっているかも」
古民家で暮らすのは面白そうだ。少なくとも傍から見ればそう映る。しかし、不便な点や使い勝手の面で不都合な部分はないのだろうか。
「寒さというのはありますが、物の陳列ですね。妻が創った作品を飾ろうと思っても、なかなか納得いくような陳列はできていないと思います。壁面が少ない古民家は本当に難しい。だからといって陳列用の壁をつくったりしたら、それこそ雰囲気を崩してしまうだろうし、それだけは絶対に避けたい。なので、今は試行錯誤なんです」
憩いの空間の秘訣は屋根の低さ
古今東西、多種多様な暮らしがあっても、皆が自然と集う空間は共通。ここ白倉邸でも“お母さん”のエリアであるキッチンは、二人が1日でもっとも多くの時間を過ごしている。
「自然とここに居ますね(笑)。冬場はここに居る時間が長いと思います。妻が陶器を焼く窯に火をいれている時間は特に暖かいんですよ。日当たりの良い2階も居心地は悪くないです。でも、食べ物があるからかもしれませんがここが二人の定位置です」
たしかに不思議と落ち着く安心感がここにはある。暖かく食べ物があるからだけではない、癒しの空気が漂うキッチン。この効能は古民家が醸しだす懐かしさからなのだろうか。
「それもあるかもしれませんが、単純にこの部屋は屋根が低いので、それ故なのかも。物が一番多いのもここなので、体積が少ない分、暖かい」
なるほど!キッチンは頭上空間を少なくし、余分なスペースを極力削ることで暖かくなる=居心地が良くなる。これは近代建築でも有効かもしれない。
カラクリという+αが楽しい
どこを切り取っても絵になる白倉邸。築134年の時を経た渋みもあれば、ユニークな間取りはカラクリ屋敷を連想させる。住む人だけでなく訪れるすべての人に驚きと喜びを与えてくれる不思議な家。
「僕らも驚くことがあるんです。何だこれ!? 的な古い金庫があったり、中2階のスペースや洗面台の配置も面白いです。普通だったらこうはしない。というものが実に多いです。効率性も重要ですが、非効率な遊びがあるが故に息苦しさがないのかも」
息苦しさがない家。それは総床面積が147.87m2という広さ以上に、非効率性という“ゆるさ”にあるような気がする。
「そうですね、この面白さは遊びというか“ゆるさ”からくるのかもしれませんね」
海までは徒歩1分、海岸を散歩しつつこの家に戻る。この間、癒しはシームレスに続いていく。戸建ての良さはこの連続性にあると思う。集合住宅にはない戸建ての楽しさと面白さを再発見させてくれた白倉邸。離れるのが少しだけ辛くなった。