Column
ニュー・ブーランジェリー-1- 世界初ヴィノエワズリー店
自由が丘「RITUEL」
今年8月下旬、自由が丘にヴィノエワズリー専門店「RITUEL par Christophe Vasseur(リチュエル パー クリストフ・ヴァスール)」がオープンした。手がけるのは、パリ随一のブーランジェと名高いクリストフ・ヴァスール。海外初進出となる自由が丘店には伝統の製パン方法を忠実に守り抜き、時間をかけて作り上げるヴィノエワズリーの数々が並ぶ。
世界初のヴィノエワズリー専門店がここ日本に。
「ヴィノエワズリー」。なかなか聞き慣れない言葉だが、私たち日本人の間ではおなじみの、クロワッサンやパン・オ・レザンなどの酵母発酵させたパン生地やペイストリー生地を焼いた菓子パンの総称のことを指す。このヴィノエワズリーを専門にしたブーランジェリー「RITUEL par Christophe Vasseur(リチュエル パー クリストフ・ヴァスール)」が、8月21日自由が丘にオープンした。こちらを手がけるのは、数々のレストランガイドで最優秀ブーランジェとして高く評価される、クリストフ・ヴァスールだ。
そもそもどうしてヴィノエワズリーに特化した店なのか。それを問うと、クリストフは、現在のフランスのブーランジェリーの在り方に疑問を投げかける。例えば、ヴィノエワズリーの代表格であるクロワッサンは、本国フランスでは朝食やおやつとして幅広い世代に親しまれているパンでありながら、約85%のブーランジェリーでは手間を省いたシステマチックな方法で作られているため、20世紀初頭より受け継がれてきた伝統的な製法技術が失われつつあるという。彼はその現実に危機感を覚え、フランス文化でもある伝統的なブーランジェリーの味を再現すべく、すべて独学で製パン技術を復刻。ここ日本でもその伝統を正しいかたちで紹介すべく、ほぼ全ての工程を一日半以上かけて手作業で行い、フランスでもわずかしか残っていない石床式のオーブンでヴィノエワズリーを焼き上げている。
クリストフ曰く、美味しいヴィノエワズリーの条件は“素材と時間”。フランスとは環境も食文化もまったく異なる日本でも妥協することなく、自身が納得する素材に巡り会うまで多くの時間を費やしたという。新鮮な卵は山梨・黒富士の放牧卵、濃厚な牛乳は千葉・大地牧場産、北海道で有機農法によって作られた小麦・ハルキラリなど、日本で手に入る最高品質の素材を厳選。さらに、クリストフがパリの店でも愛用する風味豊かなA.O.CバターPAMPLIE(パンプリー)を取り寄せて使用している。
これらの厳選した素材を丁寧に折り上げ、30時間以上の長時間発酵させることで、素材の味を最大限に引き出すことができると話す。この時間は素材のアロマを引き出すのに必要な時間であり、噛むほどに広がる深い味わいへと繋がっている。
ブーランジェ=クリストフ・ヴァスール
クリストフ氏は、経歴がとてもユニーク。もともとはファッション業界で働き、管理職までキャリアを積んだものの、幼い頃からの夢であったパン職人への道を諦めきれず、一念発起し30歳からパン職人の道へ。だが、その時すでに自身が理想としていた伝統的な製パン技術を教える学校は無くなっていたという。安いコストで、早く仕上げる製法だけを教える学校を2週間で後にし、現場で学ぼうとパリのブーランジェリーの門を叩く。だが、そこでも伝統的な製法は継承されてはおらず、その後、独学で理想的な製法を手探りで見つけていくことになる。手探りながらも自身が思い描く、伝統的なの製パン技術を確立したあと、2002年に初の店「Du Pain et Des Idées(デュ・パン・エ・デジデ)」をパリ10区にオープン。当時はまったく無名からのスタートでありながら、環境に配慮した最高品質の原材料を使い、伝統的な製法を復刻させた手仕事から生まれる、他のブーランジェリーとは全く違う味わい深いパンの数々は瞬く間に人気を集める。その実力は、影響力の高いグルメジャーナル『ゴー・エ・ミヨ』や、グルメガイド「ピュドロ」にて権威ある賞を受賞するほか、現在は「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」や「パッサージュ53」など著名なガストロノミーレストランへもパンの提供をしている。
日本出店に対する思い
行列の絶えない人気ブーランジェリーでありながら、クオリティを保つため1つの店を頑に守り続けてきたクリストフ氏。フランス国内でも実現しなかった2号目として生まれた「RITUEL par Christophe Vasseur」は、本店とコンセプトや見え方を変えた全く新しいスタイルの店。やわらかな曲線を描くようにデザインされた空間が印象的で、一歩足を踏み入れた瞬間に芳醇なバターの香りが鼻腔をくすぐる。開放感たっぷりのオープンキッチンは、制作過程をガラス越しに見ることができ、臨場感の中にスタッフのエネルギーやヴィノエワズリーに対する情熱が感じられる。また、店内では環境への配慮からプラスチックを一切使用しないためコーヒーの提供はせず、その代わり瓶入りの国産ジュースを販売している。
店名の「RITUEL」は「習慣」という意味があり、それは自分にとって気持ちのいい習慣、一息つく習慣の役割をこの場で担えたら、という意味が込められているという。美味しいだけではなく、ヴィノエワズリーの歴史にも触れられる場所は、自由が丘の新しい立ち寄りスポットになりそうだ。