Renovation
リノベーションの可能性築62年の古家を再生した
建築家の自邸
庭のある暮らしがしたい
ディンプル建築設計事務所の代表を務める堀泰彰さんと、セールス・キュレーターの仕事をする薫さん。神楽坂の賃貸マンションに暮らしていた夫妻は、そろそろ家を購入しようかと考えた際、中古マンションを購入してリノベーションするつもりだったという。泰彰さんは「コスト面で新築は考えていませんでした。また、建築家という仕事柄リノベーションを手がけることも多いので、自宅もリノベーションで自分たちらしい空間にしたいと思いました」と話す。
そこで中古マンションを何軒か見てみたが、ピンと来るものがなかったという。「購入という視点から改めて見てみると、庭がほしいなと思いました」(泰彰さん)。薫さんも「それまで住んでいたマンションでも、ベランダが広かったので、鉢で植物をたくさん育てていました。せっかく自分たちの家を購入するなら、庭のある暮らしを叶えたくなりました」と振り返る。
そうした希望を不動産屋に伝えたところ、「建築家の堀さんなら、リノベーションして住みこなせるかもしれない」と紹介されたのが、武蔵野市の旗竿敷地の再建築不可条件の敷地に建つ築62年の古家だった。「新たに建てることはできないので、慎重に検討しましたが、物件としてポテンシャルがあると思えたことと、建蔽率40%と比較的ゆったりと建っていて都心にしては庭が広いところがいいなと思いました」(泰彰さん)。
スケルトンにして状態をチェック
一方、薫さんは「実は、初めて見たときの印象はあまり良くなかったんです」と言う。建ってから60年以上手を入れられることがなかったため、かなり荒れた雰囲気を感じたようだ。「けれどもプロである主人のリノベ力に期待して、任せることにしました。自分の家だから好きなようにできるので、自由にやっちゃってって(笑)」(薫さん)。
こうして、2014年夏に古家を購入。まず着手したのが、既存建物の壁や天井・床を解体して、フルスケルトンの状態にすることだった。「筋交いの位置などを確認し、構造面での強度を調べました。その上で新たに設ける開口部の位置などを検討しました」(泰彰さん)。さらに、最新性能の断熱材を壁全体に施工することで、温熱環境も向上させた。「古い家だからこそ、リノベーションでどれくらい快適になるのか、身をもって調べたいという思いもありました」。
工事を担ったのは、よく仕事を一緒にするという工務店。内部工事が一通り終わった2015年の2月に引っ越し、仕上げや外部工事は住みながら行ったという。
自然を感じるのびやかな空間
間取りの面では、細かく仕切られていた壁を取り払い、家全体がゆるやかにつながるワンルームの空間に変更。中でも1階のLDKは、南側の開口部から見える庭との一体感を感じられるのびやかな空間となった。
そのLDKで目を引くのが、版築という左官の技法でつくられたキッチン。版築は土と砂利、石灰を混ぜたものを型枠に少しずつ入れ、上から突き固める技法で、法隆寺などでも用いられるほど歴史のあるものだ。「左官職人の都倉達弥さんに型枠と土の調合などはお願いして、施工は友人達を集めてワークショップ形式で行いました」(泰彰さん)。
この版築キッチンは薫さんのリクエストだったそうで「本で版築を見て、自然素材の風合いが素敵だったので、わが家にもぜひ取り入れたいと思いました。予想以上に素敵な仕上がりで、手伝ってくれた友人達も喜んでくれました」と笑う。
グッドデザイン賞を受賞
戸建住宅を選んだポイントだった庭は、広めのウッドデッキをつくり、新たに植栽を行った。LDKから庭を眺めていると、木に吊るされたバードハウスには小鳥が訪れ、デッキの日だまりには近所の猫が立ち寄る。「生き物を身近に感じる暮らしが実現しました」(薫さん)。
堀さん夫妻がこの家に暮らし始めて、まもなく2年が経つ。夫妻は「暮らしながら家を仕上げるのは大変でしたが、楽しい日々でもありました」と振り返る。泰彰さんは、リノベーションを検討している施主に、実際にこの空間を体験してもらうことも多いそうで、「デザイン面だけでなく、こんなに暖かいんだとか、住み心地を良くできることに納得してもらえるようになりました」と話す。
堀さん夫妻の住まいは、「これからのリノベーションデザインへ求められる姿勢が端的に表れている」と評価され、今年の秋にグッドデザイン賞を受賞した。歳月が生み出す風合いに独自のセンスが加わった家は、これからも味わいを増していくのだろう。