Renovation

多様な「壁」を楽しむ左官職人が腕をふるった
ゲストハウス&自宅

180312watanabe_head

絵本に出てくるようなゲストハウス

富士吉田市で二人の息子さんとともに左官業を営む渡辺真左志さんは、日本各地の名建築の壁に携わってきた名人として知られている。
そんな渡辺さんが手がけたゲストハウスが、富士急ハイランド近くの別荘地の入口に建つ。まるでキノコのようなユニークな外観のこの建物は、15年ほど前に明治大学の建築学科の夏期講習の一環として建てたものだという。「大学で教えていてる知人が『自分たちで一軒建ててみたい』と言うので、私の土地を提供して、学生10人ほどと一緒に建てたものです」。


ゲストハウスの玄関。雲のようなかたちに開口部がつくられ、ガラスがはめこまれている。
ゲストハウスの玄関。雲のようなかたちに開口部がつくられ、ガラスがはめこまれている。
淡い鼠茶色の外壁は掻き落とし仕上げ。光を浴びて美しい表情を見せる。
淡い鼠茶色の外壁は掻き落とし仕上げ。光を浴びて美しい表情を見せる。


リビングダイニングの主役は薪ストーブ。テーブルと椅子は発泡スチロールでつくり、顔料を混ぜた土佐漆喰を塗ったもの。軽いため移動も簡単。
リビングダイニングの主役は薪ストーブ。テーブルと椅子は発泡スチロールに顔料を混ぜた土佐漆喰を塗ったもの。軽いため移動も簡単。
冬に欠かせない薪ストーブは、知人から譲り受けたもの。
冬に欠かせない薪ストーブは、知人から譲り受けたもの。
雲のような和紙のランプシェードは、学生の作品。
雲のような和紙のランプシェードは、学生の作品。


遊び心あふれる楽しい空間

設計は学生が行い、施工は渡辺さんや知人の大工が講師となって技術を教えながら、ひと夏かけてつくりあげたという。
キッチンをはじめ、お風呂やトイレに床暖房、さらには茶道のための炉を備えた本格的な住宅だが、渡辺さんは「左官は工事全般何でもできるから、これくらいのは何てことないよ」と笑う。

間取りは、玄関を入ると突き当たりまでまっすぐに土間が続き、左手が和室、右手がLDKと水回りというシンプルなもの。キッチン上部にははしごで上がるロフトが設けられている。

建物の中に入ると、壁の各所に設けられた三角形や瓢箪型の明かり取りから光が差し込む様子や、曲線を描く家具やカラフルな設備に、思わず楽しくなる。わくわくするような遊び心は、学生たちと渡辺さんの自由な発想から生まれたものだ。


キッチンから和室を見る。壁のところどころに設けられた明かりとりが空間のアクセントになっている。和室は炉が切ってあり、お茶をたてることもできる。
キッチンから和室を見る。壁のところどころに設けられた明かりとりが空間のアクセントになっている。和室は炉が切ってあり、お茶をたてることもできる。
和室からキッチンを見る。リビングダイニングは全面にパイプ式の床暖房が設置されており、暖かい。奥のピンクの円いスペースはトイレ。右手のはしごは、ロフトへ続く。
和室からキッチンを見る。リビングダイニングは全面にパイプ式の床暖房が設置されており、暖かい。奥のピンクの円いスペースはトイレ。右手のはしごは、ロフトへ続く。
キッチンカウンターの市松模様は、土を塗ってからていねいに色を塗り分けた。カウンタートップはモザイクタイルを貼って仕上げた。大きなタイルを割って一つ一つ貼ったため不揃いなかたちが味になっている。
キッチンカウンターの市松模様は、土を塗ってからていねいに色を塗り分けた。カウンタートップはモザイクタイルを貼って仕上げた。大きなタイルを割って一つ一つ貼ったため不揃いなかたちが味になっている。
和室とリビングダイニングの間の土間は、タタキふうの洗い出し仕上げ。淡路の瓦や鮮やかな色のタイルを埋め込んでいる。框に使った古材は櫓に使われていたマツで、ボルトがあったところに石をはめこんだ。
和室とリビングダイニングの間の土間は、タタキふうの洗い出し仕上げ。淡路の瓦や鮮やかな色のタイルを埋め込んでいる。框に使った古材は櫓に使われていたマツで、ボルトがあったところに石をはめこんだ。


日々の暮らしやすさにもこだわって

厚い土壁に包まれるような建物は、夏は涼しく、冬は床暖房や薪ストーブのぬくもりを蓄えて暖かい。これは「せっかく建てるなら、冬の寒さが厳しい富士吉田の気候に耐える建物を」との思いを実現させたものだ。そのためとても過ごしやすいこのゲストハウスは、多くの人たちを受け入れてきた。「一緒に建てた学生たちはもちろんのこと、私の友人知人、子どもや孫もここに泊まるのを楽しみにしています。中には自宅を建築中の仮住まいとして、1年ほど住んでいたケースもあります」。

15年が経っても古びないのは、自然素材を使っていることに加え、渡辺さんがちょくちょく手を入れているからだという。「時間を見つけてメンテナンスしたり、設備を取り替えたり。自分たちがつくった家だから、自分たちで手をいれるのは当然のこと」と、楽しんでいる様子。


五右衛門風呂。大きな窓から外を眺めながら入浴できる。壁は濡れても大丈夫なモルタル石灰の掻き落とし仕上げ。
五右衛門風呂。大きな窓から外を眺めながら入浴できる。壁は濡れても大丈夫なモルタル石灰の掻き落とし仕上げ。
トイレは包み込まれるような円形の空間。手洗いボウルには、紹興酒の甕を縦に切ったものを使っている。
トイレは包み込まれるような円形の空間。手洗いボウルには、紹興酒の甕を縦に切ったものを使っている。


バスルームへのドア。2枚のガラスの間に土やタイルが入っている。
バスルームへのドア。2枚のガラスの間に土やタイルが入っている。
トイレのドア。ピンク、グリーン、シルバーの色合わせが美しい。
トイレのドア。ピンク、グリーン、シルバーの色合わせが美しい。


自宅も壁を塗り替えて心地よく

一方、長男一家と同居する自宅は、5年前に購入した築15年ほどの建物だ。構造などはそのまま、壁だけは入居前にクロスをはがして漆喰など左官材を塗り直したという。リビングダイニングの天井には、下地を板でつくり石膏を塗った上に、下地・下塗り・上塗りと重ねていく高度な技が必要な「蛇腹」が施されているなど、見どころもたっぷり。

またリビングダイニングと隣り合う和室の壁は中塗りで留めており、今後仕上げ塗りをする予定だ。「聚楽仕上げにしようかな、なんて考えているのもいいよね」と微笑む渡辺さん。

ごく普通の住まいも、壁を左官仕上げにすることで温度や湿度が一定に保たれるという。渡辺さんが手がけた空間の心地良さが、その効果を物語っていた。


リビングダイニングでくつろぐ渡辺さん夫妻。壁は色漆喰仕上げ、天井は漆喰で仕上げた。天井にぐるりと蛇腹が施されている。
リビングダイニングでくつろぐ渡辺さん夫妻。壁は色漆喰仕上げ、天井は漆喰で仕上げた。天井にぐるりと蛇腹が施されている。
キッチンの壁は繊細な表情のモザイクタイル貼りに。
キッチンの壁は繊細な表情のモザイクタイル貼りに。
リビングと和室の間の下り壁は、表面を外すと通し貫が出てきたため、それを生かすように円く開けた。いずれは織物を張って仕上げる予定だという。
リビングと和室の間の下り壁は、表面を外すと通し貫が出てきたため、それを生かすように円く開けた。いずれは織物を張って仕上げる予定だという。
リビングから親世帯のスペースに通じるドアは、顔料を混ぜた土佐漆喰を塗った。渡辺さんならではの鮮やかな色使いが、空間を楽しくする。
リビングから親世帯のスペースに通じるドアは、顔料を混ぜた土佐漆喰を塗った。渡辺さんならではの鮮やかな色使いが、空間を楽しくする。