浦野周平さんは、「モテリーマン」などの独特のユーモア感覚を漂わせたアメリカンテイストのイラストで人気のイラストレーター。ヴィジュアルを対象とした仕事柄、この自宅を建てる際には細部までにこだわった。メインコンセプトは「とにかくシンプルに」。家自体をシンプルな箱として、全体を大きな収納庫と見立て仕事場も生活の場もガレージもすべて収めるというイメージだったという。
「建築家の方には、ほんとにシンプルでということで、奇抜なデザインの部分はとことんそぎ落としてもらいました」
その言葉通り、浦野邸は外観からとてもシンプルだ。1階部分は玄関とガレージの部分がくり抜かれているが、その上にはリビングの開口がひとつあるだけで3階はフラットな壁のみというデザイン。「外観もごくシンプルにしたかったので、上にも窓を付けましょうと言われたのですが、窓はないほうが面白いだろうということで、窓の代わりにトップライトをつくって屋上から光を入れるようにしてもらいました」
内部ではまず使用する色を絞り、白と艶消しの黒とコンクリートと木目の4種類に絞ってデザインをまとめてもらうよう建築家に依頼したという。コンクリート打ち放しの1階以外の壁はすべて白。黒は窓枠に使い、木目は床のみに限定した。
楽しく仕事ができる空間
シンプルなデザインと4色の基本カラーをベースにして各部屋、それぞれに要望を出していった。1階は手前がガレージ、奥の少し床の下がった部分が仕事場のスペースだ。ふたつのスペースを仕切る壁は、クルマが仕事場からも見えるようにガラスにした。「目線を区切らずにガラスにして、クルマがないときはシャッターを開ければ外の景色も見えるというふうにしたんです」
仕事場の方は、お子さんが生まれてからは、打ち合わせ場所として使っているが、音楽鑑賞用のオーディオ機器とともにCDやLPなどがそのガラスの壁際に置かれている。空間のコンセプトは「楽しく仕事ができる空間」。「車や音楽など趣味のものがすぐ近くにあるし、あと、周りの空間から遮断されていて集中できるのもいいですね」
シンプルな1室空間に家具などが映える
2階に関しては、狭く見えないようにキッチンからリビングをひとつながりの空間とするように建築家と話し合った。細長い空間の両端に設けられた開口からは光がふんだんに入るが、キッチンは床につけずに、宙に浮かぶデザイン。「空間が抜けて見えるから広く見えますよ」と建築家に提案されたという。
すっきりとした1室空間で「シンプルな箱」をいちばん感じられるこの2階スペースでは、厳選された家具の存在が引き立つ。ダイニングの椅子はデンマークの建築家アルネ・ヤコブセンの名作、セブンチェア。この椅子と脚のデザインがマッチしたテーブルはイタリアのMAGIS社の製品。素材感が好きだったため、この空間に合わせて購入したという。
「このテーブルの丸いヴァージョンはよく見かけるんですが、四角いのがあるのを知らなくて、ネットで見つけて購入しました」。正面側の開口近くに置かれた黒のソファはル・コルビュジエのLC2。一人暮らしをしている時からの持ち物という。
シンプル空間で映えるポップなモノたち
1階から3階まで、廊下や階段部分も含めてフィギュアやドローイングが飾られているが、建築を極力シンプルなつくりにしたのは、生活にとって余計な部分をそぎ落として機能性を上げるということとともに、そうしたものが空間の中で映える効果を考えてのことでもあったという。
浦野さんが集めてきたモノは「ポップな感じの香りのするもののほかは、一見オシャレに見えるけれど、よくよく見たらちょっと変だったりといったようなものが多い」という。
浦野さんのイラストがもつとぼけたゆるさみたいなものとも通ずるポップでちょっとユーモラスな雰囲気を漂わせるモノたち。そうしたモノとシンプルな空間デザインとのバランスがとてもよく取れているのは、やはり仕事で培ったプロのならではの感覚によるものなのだろう。
仕事柄、深夜遅く、あるいは朝まで仕事をしてベッドに倒れ込むようなほどのハードワークもこなすという浦野さん。クリエイティヴであり続けるためにリフレッシュの場を確保することも忘れなかった。半地下のガレージの仕事場のスペースでは仕事の合間に好きな音楽を聴きながら自転車をメンテナンスしたりバイクをみがいたりするのが楽しく息抜きによいというが、リフレッシュするために2階の浴室空間にもとてもこだわったという。
「常に締切りに追われているので、ゆっくりできる空間にしたかった」というこの浴室、トップライトからの光が落ちる中でのバスタイムは、至福の時とともに創造へとつながる活力を浦野さんにもたらしているのだろう、そのように思えた。