Style of Life

仕事場併設の都市型住居工場や倉庫を改造したような
インダストリアル感溢れる空間

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家に求めるもの

倉知邸の敷地は東急東横線沿線にある。子育てをしながら広告出版業界で働く、倉知勇介さん、貴子さん夫妻は、都心にアクセスしやすく、子育て環境も整ったこのエリアに絞って土地を選んだ。

都市部でよく見かける住宅密集地での計画だが、その家づくりは当初から少し変わっていた。通常は建築家が施主の要望を聞いてから計画案をプレゼンするが、勇介さんは逆に要望をコンパクトにまとめたシートを使って、建築家にプレゼンを行ったという。

広告デザインの仕事も手がける勇介さんが作成したそのシートは 、手際よく簡潔にまとめられていた。題して「家に求めるもの」。その1 頁目には「日の光」「やさしい風」「開放感」といった言葉が並ぶ。「都会にいながらも、日の光、やさしい風を感じる気持ちのいい家にしたい。まずは土地と快適性の関係について、建築家の西田さん(オンデザインパートナーズ)に相談しました」


真ん中にダイニング。その右にはヘアメイクの仕事をされている貴子さんのメイクスタジオ。ダイニングより床を低くした落ち着いた空間になっている。メイクスタジオの真上に勇介さんの仕事場がある。
真ん中にダイニング。その右にはヘアメイクの仕事をされている貴子さんのメイクスタジオ。ダイニングより床を低くした落ち着いた空間になっている。メイクスタジオの真上に勇介さんの仕事場がある。

さらに「家に求めるもの」として、「デザイン性」「ムダのない計算された空間」「存在感」という言葉が続き、当時の住まいの問題点や日常の生活の様子が同時にまとめられていた。そして具体的な空間イメージとして「地上階は全面土間で、ヘアメイクの仕事やホームパーティのためのパブリックなフロアに」「上の階にいくほどプライベートな空間に」「どの部屋からも会話ができるオープンなつくりに」などの要望が示された。

土地が決定し、最初の打ち合わせ時には、さらに具体的な家のイメージが新たに作成したシートによって伝えられた。図と写真を交えたシートでは、「土足で過ごすアクティブエリア」と「素足で過ごすリラックスエリア」と、前回よりも簡潔に定義された2つのエリアの用途とコンセプトがまとめられ、内部空間までデザインされた3Dパースには、各空間部分での要望が細かく書き込まれていた。


手前のテーブルは勇介さんが製作。使いこまれた感じを出すため、金槌や釘を使って傷をつけた。照明も自ら調達したもの。
手前のテーブルは勇介さんが製作。使いこまれた感じを出すため、金槌や釘を使って傷をつけた。照明も自ら調達したもの。
さまざまなスチールのプレートが壁に掛かる。右のサイン照明は合羽橋のショップで見つけたもの。
さまざまなスチールのプレートが壁に掛かる。右のサイン照明は合羽橋のショップで見つけたもの。
壁に取り付けられた船舶照明やトグルスイッチも勇介さんが指定した。
壁に取り付けられた船舶照明やトグルスイッチも勇介さんが指定した。


倉知案を設計へ落とし込む

家づくりは一般にはまず建築家が施主の望む方向を探ることから始められるが、この家では、つくりたい家の方向性やコンセプトだけでなく、空間のイメージまでも勇介さんから具体的に提示されたため、建築家側ではそれらを実際の設計へと落とし込む作業が進められた。

その作業では、3Dパースが実際に建築が可能な面積よりも大きく作成されていたため、法規に適合するようコンパクト化が図られた。その過程で、空間のコンセプトにかかわる部分での提案が建築家から出された。それは、勇介さんの要望通りプライベート/パブリックとはっきりとわけるのではなく、その両方が共存する空間もつくるというものだった。


天窓から1階まで光がふんだんに降り注ぐ。
天窓から1階まで光がふんだんに降り注ぐ。
1 階の奥に設けられた貴子さんのメイクスタジオ。6灯のハリウッドランプは勇介さんが製作して設置した。
1 階の奥に設けられた貴子さんのメイクスタジオ。6灯のハリウッドランプは勇介さんが製作して設置した。


勇介さん、貴子さんそれぞれの仕事と、生活動線が干渉しないように、DKを入口付近にレイアウトした。
勇介さん、貴子さんそれぞれの仕事と、生活動線が干渉しないように、DKを入口付近にレイアウトした。
スチールのプレートは建築家が想定していなかったものだが、付けることで少し和らいだ雰囲気に。
スチールのプレートは建築家が想定していなかったものだが、付けることで少し和らいだ雰囲気に。
2階のリビング。テレビ台も勇介さんが製作したもの。
2階のリビング。テレビ台も勇介さんが製作したもの。


空間の雰囲気を変えていく

空間のテイストに関しては、勇介さんは当初から「新築でありながら、工場や倉庫を住居に改造したような家」が希望だったが、上階に関しては違う考え方でつくられたようだ。

「1 階は住居としてやりすぎなぐらい、とことんインダストリアルな空間にしたかった。しかしすべての階でそれをやってしまうと、自宅兼事務所として気持ちの切り替えが難しくなる。そこで2 階は、無骨な印象の1階よりも少しやさしい雰囲気にするために、木の部分を増やし、ラフでアンティーク要素の強い空間に。完全にプライベートスペースの3 階はハウススタジオみたいに真っ白な壁で、1日の疲れた頭をリセットさせる無の空間というふうに考えました」

パブリックな地上階から、プライベートスペースの3階まで、徐々に印象が変わることで、気持ちのON/OFFをスムーズに切り替えられるようにしたかったのだという。


2階にある勇介さんの仕事場からリビングを見る。手前のフレームは木にアイアン塗装を施したもの。
2階にある勇介さんの仕事場からリビングを見る。手前のフレームは木にアイアン塗装を施したもの。

施工も手掛ける

勇介さんは、施工段階でも家づくりに大きく関わった。自ら内装を多く手がけ、家具の製作も行ったという。

「最初はせっかく家を建てるのだったら1カ所ぐらいは“自分でやったぞ!”というところがほしいと思っていたんですが、予算の関係もあって、自分でやる部分がどんどん増えていって、やっていたら意外と楽しくなってしまって」

自ら手がけたもののひとつが1、2階のブリックタイルの壁だ。不規則に割ったタイルでバランスを見ながら割り付けた。その上に漆喰が塗られているが、この作業にはお子さんも参加したという。

「自分の家に愛着を持ってほしいと思って、子どもに塗らせたんです。最終的には僕が手を入れていますが、素手で塗ったラフな感じがわりといい味を出しています」


床にはインダストリアルな雰囲気のあるアルミの縞板が張られている。右の棚の塗装も勇介さんが手がけた。
床にはインダストリアルな雰囲気のあるアルミの縞板が張られている。右の棚の塗装も勇介さんが手がけた。
3階に上がると真っ白な空間が現れる。
3階に上がると真っ白な空間が現れる。
トイレの扉の文字は勇介さんデザインのカッティングシート。左の壁は黒いブリックタイルを張った上から漆喰を塗った。
トイレの扉の文字は勇介さんデザインのカッティングシート。左の壁は黒いブリックタイルを張った上から漆喰を塗った。
1階の壁に付けられたトイレのサイン。指がトイレのある方向を指している。使用中にはライトが点く。
1階の壁に付けられたトイレのサイン。指がトイレのある方向を指している。使用中にはライトが点く。


少し変わったところでは、このほか2階の仕事部屋のガラス壁のフレームの塗装も手がけた。アイアン塗装というもので、スチールを希望していたがコストと重量の問題から変更・採用された木にスチールの風味が出せるアイアン塗装を施した。
「塗った後にヤスリがけをすると少しシルバーの色が出てくるので、そういう作業もしています」 


「スキップフロアにしたかったんですが、そんなには高さが取れないということで、ぐるりと巡る回廊的なものがあるプランを提案していただきました」(勇介さん)。
「スキップフロアにしたかったんですが、そんなには高さが取れないということで、ぐるりと巡る回廊的なものがあるプランを提案していただきました」(勇介さん)。

家づくりは続く

設計前から施工まで、勇介さんがこだわりぬいて出来上がったこの家で、貴子さんは1階のソファで過ごすことが多いという。

「子どもたちがいない時は、ここでのんびりしているのが好きですね」。外部の人も出入りする1階はアクティブな場として想定したが、意外とリラックスして過ごすことができるという。


秘密基地のような子供部屋。
秘密基地のような子供部屋。
奥の左に浴室。その右隣に寝室がある。
奥の左に浴室。その右隣に寝室がある。


勇介さんは、自身が家づくりにかかわった過程をとても楽しそうに語ってくれたが、勇介さんにとっての家づくりはまだまだ途中のようであった。

今でも“あの部分をどうしようかな”と考えることが多いという。「DIYでもそこそこお金がかかるので、時間をかけてちょっとずつ」これからも手を入れていくつもりという。

まずは、外壁を考えているそうだ。「アームライトで照らしている部分に何か描こうかなと。倉庫やコンテナなどに大きく付いているアルファベットや数字をイメージしています」


外観も倉庫か工場のよう。広めに確保したスペースは、来客時の駐車場やBBQスペースとして多目的に使っている。
外観も倉庫か工場のよう。広めに確保したスペースは、来客時の駐車場やBBQスペースとして多目的に使っている。
倉知邸
設計 ondesign
所在地 東京都目黒区
構造 木造
規模 地上3階
延床面積 81.18m2