Style of Life

小さな幸せがたくさんある家森のような空間に向かって
過ごすふたりだけの時間

小さな幸せがたくさんある家 森のような空間に向かって 過ごすふたりだけの時間

森の景色を楽しむ

「緑の多いところ」に的を絞って土地探しを始めたAさん夫妻。Google Earth(グーグルアース)で奥さんが緑をたよりに見つけた敷地は、Aさんの実家に近くAさんがもともと気に入っていたエリアだった。

実際に見てみて購入を即決したのは裏側が森のような豊かな緑に面する敷地だった。「窓を開け放ってこの景色が楽しめそうだというのがいちばんの決め手」になったという。

正面に見える森はAさんが子どものころに遊んだことのある場所で、そのころとまったく変わってないという。
正面に見える森はAさんが子どものころに遊んだことのある場所で、そのころとまったく変わってないという。

ふたりに大事なことから

家づくりではまず設計を依頼した保坂猛建築都市設計事務所との打ち合わせからスタート。奥さんは「“このような家にしたい”みたいな具体的なことはまったく言わなかった」という。Aさんは「安全で居心地が良くてこの家にいることで人間関係が充実する。そして空間に触発されて自分の発想や考え、行動とか雰囲気の幅が広がるような家をもちたい」と希望を伝えたという。

これに加え、自分たちの現在の暮らし、今までどう生きてきたのかこれからどう生きていきたいのか、そして自分たちの好きなこと、大事なことについてじっくりと話をして伝えていったという。

ダイニングの上にはトップライトがある。木漏れ日のような光が時間が経つにつれて変化していく。
ダイニングの上にはトップライトがある。木漏れ日のような光が時間が経つにつれて変化していく。
キッチン側からカフェコーナーでくつろぐ夫妻を見る。
キッチン側からカフェコーナーでくつろぐ夫妻を見る。

ふたりの時間への投資

「よくよく考えてみて、結婚してからふたりで一緒に過した時間が人生の中でいちばん大事だったねっていう話になった」と話すのは奥さん。「家を建てること自体がそのふたりで過ごす時間への投資だというような考え方で始まっているんですね。そしてそこからふたりだけで閉じずに人間関係を構築していって物事に対する感じ方、感覚も含めて広げていけるようにしたい。保坂さんのクリエイティビティ、創造性に触発されて自分たちの人生が変わっていく。そこにものすごく期待しました」 

夫の保坂猛さんとこの家の設計にかかわった恵(めぐみ)さんは「おふたりが大切にしているもののひとつに“食べること”があるんですが、そうした大事にしていることから2人の関係と時間を築き上げていく。それを何よりいとおしく思っている人たちなんだというのが話をしていてわかったので、ふたりの距離感をうまく建築の中に取り入れていければと思いました」と話す。

さらに「料理をつくったりおしゃべりをするスペースのほかに、ふたりで茶を飲むスペースがあり、また自分たちが大事にしている本を読む空間もある。そうした中で、ふたりの距離感がつねに自分たちでつくることができる。そして、同じ方向を見ているときだけではなく、別々の方向を見ているのにふたりの距離感がとても近かったりするような空間をつくることができればと思いました」とも。

玄関側の廊下から見る。
玄関側の廊下から見る。
突き当りの右側に階段、すぐ右手にはテレビのあるスペース、さらにその奥にはウォークンインクローゼットがある。
突き当りの右側に階段、すぐ右手にはテレビのあるスペース、さらにその奥にはウォークンインクローゼットがある。
キッチンの上にもトップライトがつくられている。キッチンのシンクはL型でこれが使いやすいという。
キッチンの上にもトップライトがつくられている。キッチンのシンクはL型でこれが使いやすいという。
奥さんが自身のお父様にすすめられて始めた土鍋料理。料理が楽なうえに不思議なほど味がおいしくなるという。
奥さんが自身のお父様にすすめられて始めた土鍋料理。料理が楽なうえに不思議なほど味がおいしくなるという。
ふたりが多くの時間を過ごすというカフェコーナー。2人にちょうどいいサイズにテーブルがつくられている。
ふたりが多くの時間を過ごすというカフェコーナー。2人にちょうどいいサイズにテーブルがつくられている。
専用につくられた棚に収まった土鍋。いろいろな種類のものを教えられてどんどん増えてしまったという。
専用につくられた棚に収まった土鍋。いろいろな種類のものを教えられてどんどん増えてしまったという。
壁のような大きな引き戸を開けると料理に使う調味料や缶詰、お酒などを収納した棚が現れる。
壁のような大きな引き戸を開けると料理に使う調味料や缶詰、お酒などを収納した棚が現れる。
奥が玄関。この廊下ですでに洞窟の中にいるような感覚がある。
奥が玄関。この廊下ですでに洞窟の中にいるような感覚がある。

森との関係をつくる

設計では、室内をそうした方向でつくり上げるとともに、この室内が目の前に広がる森のような景色とどのような関係をつくっていくかも大きなポイントになった。

「プライバシーを確保しつつ、緑とか光や陰、風を感じられる家。あと季節の移ろい、時間の移ろいによって、同じ場所なのにいろんな顔をもつ家に住みたいということを最初にお伝えしました」とAさん。「箱根のポーラ美術館の雰囲気が好きで、あのような静かなたたずまい、森の中にあるみたいな雰囲気が好き」なことも伝えたという。 

保坂さんはこの森のような場所の、人工的につくられた公園にはない「(自然の)原初的な感じ」に着目した。その原初的なものを全面ガラスにしてすべてが見えるようにするのではなくて、あたかも洞窟の中からその原初的で美しい自然をうかがうようにできないかと考えたという。美しい場所に出ていく楽しみ、見る楽しみが生まれるような空間をつくる。そこで軒を延ばしてあえて室内から見える景色を絞り込んだ。

その軒はまたそのような眺めをつくるだけでなく、斜めにつくられていて雨の日には片方の端から雨が流れ落ちるようになっている。そうすることでその端の部分以外では軒からはほとんど雨が落ちてこないという。「自分の目の前には雨が落ちないでその先に雨がさーっと降っている。これがとても幻想的で、自分のいる場所と向こうの世界はつながっているのに違う世界のような感じがするんです」と奥さん。さらに、夜の「月の光を受けた景色も幻想的で、窓の外が全面青白く光る」のだという。

「窓があって、緑が見えるオープンなお風呂に入りたい」とリクエストした浴室は、奥さん曰く「露天風呂のよう」。
「窓があって、緑が見えるオープンなお風呂に入りたい」とリクエストした浴室は、奥さん曰く「露天風呂のよう」。
浴室とベランダを見る。
浴室とベランダを見る。
2階の奥さんの部屋も開口の部分で風景が絞り込まれている。
2階の奥さんの部屋も開口の部分で風景が絞り込まれている。
階段を上がると奥さんの部屋、手前右側に浴室がある。
階段を上がると奥さんの部屋、手前右側に浴室がある。

幸せの意味が分かるようになった

引っ越しをされてから1年半ほど。Aさんはこう話す。「思い描いていた、暮らしたかった生活がほんとに目の前にあるという感じですね。自分でも想像できてなかった、あっこういうものを求めていたんだという空間が目の前に広がっている感じがして毎日まったく飽きないです。いつも新たな発見があり新たな感動があって、2人の大事にしていたお茶の時間だとか食の時間だとか自然を眺める時間だとかがすべて楽しめる空間になっていて大満足です」

奥さんは「幸せということの意味が分かるようになりました」と話す。「小さなことを積み重ねていく。それがほんとに幸せということなんだって。この家から得た幸せを考えるとものすごく良い投資だったなと思います」
 
「小さな幸せがいっぱいある」というこの家での暮らし。この幸せの感覚は室内空間のつくりに加え、森のような場所に対面することで人間のもつ原初的な感覚が解き放たれるなかでも深まっているのではないか、そのように思われた。

お気に入りの場所でお茶をしながら森を見るAさん夫妻。月夜の晩にはあたり一面が青白く光って幻想的な風景になるという。ピクチャーウインドウでもある開口にダークな色合いのフレームがフィットしている。
お気に入りの場所でお茶をしながら森を見るAさん夫妻。月夜の晩にはあたり一面が青白く光って幻想的な風景になるという。ピクチャーウインドウでもある開口にダークな色合いのフレームがフィットしている。
屋根の中央部分に開けられているのは浴室の開口。屋根が斜めに切られているため、雨が降ると右の端の部分に雨水が集まって落ちるという。
屋根の中央部分に開けられているのは浴室の開口。屋根が斜めに切られているため、雨が降ると右の端の部分に雨水が集まって落ちるという。
道路側から見る。建物の左側に既存の地下駐車場があり、そこに荷重をかけられなかったため、これを避けて配置計画を行った。
道路側から見る。建物の左側に既存の地下駐車場があり、そこに荷重をかけられなかったため、これを避けて配置計画を行った。

A邸
プロデュース ザ・ハウス
設計 保坂猛建築都市設計事務所
所在地 千葉県市川市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 61.83㎡