Architecture

商店街へと開かれた家木のように成長する家を
街のみんなが見守る

商店街へと開かれた家  木のように成長する家を 街のみんなが見守る
「家を建て替えようと思ったいちばんの要因は子供が生まれるということでした」と語るのは加藤雅明さん。目黒区の西小山で設計事務所を構える建築家だ。お子さんの誕生をきっかけに、以前の家では夏暑くて冬が寒く、事務所スペースでは床座で胡坐をかいてコンピュータに向かっていたという環境の改善も図りたかったという。

事務所兼用の住宅を建て直す時に考えたのは、まず、商店街に立つ住宅のあり方。以前の家は50年以上を経たお茶屋さんをリノベーションしたものだが、この考えはその時から引き継いだものだった。


オープンな佇まいの1階の打ち合わせスペースの正面の棚には、道行く人の目を引き付けるポップな色合いの建築模型と写真が飾られている。
オープンな佇まいの1階の打ち合わせスペースの正面の棚には、道行く人の目を引き付けるポップな色合いの建築模型と写真が飾られている。

記憶を受け継ぐ

設計事務所というと敷居が高いと敬遠されがちだが、12年前のリノベーションの際には、新築するのではなく、商店街やそこを通る人たちの思い出となっている建物を引き継いで、街とうまく接しさせることによって、事務所、そして自身も街へと浸透させていきたいという思いがあった。

今度の家の1階の打ち合わせスペースでは、取材の前日も商店街の人たちと話し合いをもったという加藤さん。新築されたこの家では別のかたちでその思いを実現しようとした。

打ち合わせの内容は5月の終わりに開催の商店街主催の西小山ミステリーツアーというイベントで、今年からはその実行委員長を務めているのだという。毎年同時期に行われるこのイベントへの参加者は2日間で約3000人。昨年は工事途中のこの家をイベントにからませて、家と商店街との新しい結びつきを新たにつくり出そうとしたのだ。


全部で2000枚ほど張られた銅板すべてにサクラの刻印がされている。
全部で2000枚ほど張られた銅板すべてにサクラの刻印がされている。
オープンな雰囲気の1階前のスペースには、さらに親しみを感じさせる動物のフィギュアが置かれたこんな仕掛けも。
オープンな雰囲気の1階前のスペースには、さらに親しみを感じさせる動物のフィギュアが置かれたこんな仕掛けも。
外装の銅板にサクラの花びらの刻印。制作者の名前がそれぞれに記されている。
外装の銅板にサクラの花びらの刻印。制作者の名前がそれぞれに記されている。


新たな記憶を創造する

そして考えたのが、外装の銅板に、地域の人たちにサクラの花びらの形を思い思いのデザインで刻印してもらうということ。銅板はひとり1枚ずつ渡して、それぞれに制作者の名前も記してもらったという。

「2日間で700人くらいの方にやっていただきましたね。外装の銅板は全部で2000枚ぐらいあるんですけど、見える範囲のところをすべてやっていただきました」

「みんなでつくりあげた作品のようなものです」とも語る加藤さん。銅板は経年で色が変化するため、この“作品”も年々その表情を変えていく。「作品の成長とともに建物も成長してそれを街のみんなで見守ってもらえるようなものをつくりたかったという思いもあって」

前の家では蓄積されてきた記憶の継承を図ったが、今度は街の記憶となる家を商店街にかかわる人たちとともに新たにつくり出していく。そんな気持ちが込められた家なのだ。


木をモチーフにしたこの家の構造がよくわかる2階の天井部分。
木をモチーフにしたこの家の構造がよくわかる2階の天井部分。
地下の事務所スペースは、地中に根を張っている中で仕事をしているようなイメージでつくられた。壁は土をイメージした発泡ウレタン。棚に付けられたカバーは暖色の豚皮。「地下に住むナントカ民族みたいな感じを出したかった」という。
地下の事務所スペースは、地中に根を張っている中で仕事をしているようなイメージでつくられた。壁は土をイメージした発泡ウレタン。棚に付けられたカバーは暖色の豚皮。「地下に住むナントカ民族みたいな感じを出したかった」という。

発泡ウレタンで偶然できた壁の突出部に鳥がとまる。
発泡ウレタンで偶然できた壁の突出部に鳥がとまる。
 
地下のいちばんの奥に位置する加藤さんの仕事スペースの壁にはクワガタが留められている。
地下のいちばんの奥に位置する加藤さんの仕事スペースの壁にはクワガタが留められている。
天井と本棚の間にあるわずかな隙間で百獣の王が吠える。
天井と本棚の間にあるわずかな隙間で百獣の王が吠える。
地下へと至る階段。出来る限りコンパクトに納められたデザインだが、こうした仕掛けも忘れない。
地下へと至る階段。出来る限りコンパクトに納められたデザインだが、こうした仕掛けも忘れない。
事務所スペースの片隅に置かれたグリーンの置物。
事務所スペースの片隅に置かれたグリーンの置物。


コンセプトは木

「都会にいながらも安らぐひと時がほしいというか、都市に暮らしながらも自然に対してのあこがれをもつというか、そういったスタイルを築きたい」と語る加藤さん。そこから、木のように成長していくとか、可変性をもたせるなどの建物本体のコンセプトが出てきたという。生命感の感じられる建物をつくっていきたいという加藤さんの以前からの思いもこれに加わった。 

そして、木の幹の部分となるRCの太い柱から同じくRCでつくった枝が延びるという構造が考え出された。枝の先に載る部分は床を木製にするなど、今後の用途変更などにもスムーズに対応できるようにした。

「“生きてる感じ”というのは親近感も増すし、静的な建物というよりは動くというか生きているような建物をやっていきたいということで、素材もわりとそういったものを使いました」と語る加藤さんは、枝から出る葉っぱの部分にリサイクルガラスや発泡ウレタンなどを採用し、普通の住宅にはない楽しさをもつくり出した。


2階の和室スペース。壁には素材感のある木毛セメント板が使われている。
2階の和室スペース。壁には素材感のある木毛セメント板が使われている。
2階のキッチン部分の壁はリサイクルガラスの洗い出し仕上げ。素材感がありかつ楽しさの感じられる仕上げだ。
2階のキッチン部分の壁はリサイクルガラスの洗い出し仕上げ。素材感がありかつ楽しさの感じられる仕上げだ。
2階の住居スペースに上がる階段の縁にはワインのコルクが使用されている。これまでに友人たちと開けたボトルのものが使われた
2階の住居スペースに上がる階段の縁にはワインのコルクが使用されている。これまでに友人たちと開けたボトルのものが使われた
2階のキッチンへと至る廊下には本棚を配し、スペースを効率的に使用。
2階のキッチンへと至る廊下には本棚を配し、スペースを効率的に使用。


家族に対してはこういう思いをもって設計したという。「空間は狭いですが、音とか気配とか匂いとかすべての五感を感じられる空間だと思うので、そういったすべてを感じながら暮らしてもらえたらいいなと」

また、「外の自然の変化も味わえる家になっていると思うので、朝にはここに陽が入ってきてこういったところで本を読むといいよなとか、自分たちの居場所をその時々で見つけられると思うので、そういった部分も楽しんでほしい」とも語る加藤さん。自身のお気に入りの空間はリビングスペースという。


3階リビング。3.6mある天井のトップライトから光がふんだんに入る。
3階リビング。3.6mある天井のトップライトから光がふんだんに入る。
RC施工時にできる孔を利用して洗濯物を干すためのアームを取り付けた。手前右に寝室、奥の右側に浴室がある。
RC施工時にできる孔を利用して洗濯物を干すためのアームを取り付けた。手前右に寝室、奥の右側に浴室がある。
3階リビング入口付近。右の廊下に沿ってつくられた棚上にはキャットウォークがつくられている。
3階リビング入口付近。右の廊下に沿ってつくられた棚上にはキャットウォークがつくられている。
3階浴室には、カラフルな色合いが楽しいモザイクタイル。葉っぱのようで、かつ柔らかい感じのものを選んだという。
3階浴室には、カラフルな色合いが楽しいモザイクタイル。葉っぱのようで、かつ柔らかい感じのものを選んだという。


3階のリビングでは、家族と、その周りに猫がいて、見上げれば空があり、飛行機が飛び、鳥の鳴き声も聞こえて、家族とも密接につながるとともに、外ともつながっている感じがあってとても楽しいという。

リビングではさらに、商店街を歩く人の足音も聞こえてくる。「けっこうな人好き」という加藤さん。木のように生長することを目指したこの家を通して、青山や渋谷などの街と異なりリアルな声がとても身近に感じられる商店街の人たちとのコミュニケーションもますます濃いものになっていくに違いない。


RCの壁と梁の上は猫たちの移動経路にもなっている。
RCの壁と梁の上は猫たちの移動経路にもなっている。
 
3階リビングのソファでくつろぐ加藤一家。右の、通り側に開けられたやや大きめの開口からも商店街の気配がしっかり伝わってくる。
3階リビングのソファでくつろぐ加藤一家。右の、通り側に開けられたやや大きめの開口からも商店街の気配がしっかり伝わってくる。
3階リビング。この部分でも太い木の幹から枝が出ている様子がよくわかる。
3階リビング。この部分でも太い木の幹から枝が出ている様子がよくわかる。


加藤邸
設計 m-SITE-r
所在地 東京都目黒区
構造 RC造
規模 地上3階地下1階
延床面積 127.65m2