Architecture

“毎日がスペシャル”な家すべての空間を居心地よく
楽しくしたかった

“毎日がスペシャル”な家  すべての空間を居心地良く 楽しくしたかった
川崎の細山緑地を背後に控えた小高い丘の途中に立つこの家は、建築家の納谷新さんの自宅。芝が張られた1階の屋根の上に黒い小屋風の2階が載った姿が目を引くが、設計までのプロセスもいささか変わっていた。敷地に合わせて設計するのではなく、建てたい家のイメージがまずあってそれに合った敷地を探したのだという。

「実は僕は自分の家は建てないと思っていたんですよ、なんか気恥ずかしくて。でも、ある時何気なくスケッチした家が、これなら自分が住んでもいいかなと思ったんですね。それから敷地を探し始めたんです」

奥さんのまゆみさんともに自然が好きなため、緑の多い県境を中心に探したが、通常とは逆のプロセスのためなかなか思うような敷地が見つからなかったという。


地盤より90cm掘ってつくったリビングとダイニングのスペース。床は3種類の幅の材をランダムに張っている。
地盤より90cm掘ってつくったリビングとダイニングのスペース。床は3種類の幅の材をランダムに張っている。
食器はツールボックスに納めている。車の整備工場などで工具入れとして使われているものだ。
食器はツールボックスに納めている。車の整備工場などで工具入れとして使われているものだ。
図書館で使われていた古いテーブルに合わせて、ジャスパー・モリソンの椅子の脚を特注で黒に塗ったものにした。
図書館で使われていた古いテーブルに合わせて、ジャスパー・モリソンの椅子の脚を特注で黒に塗ったものにした。
外の緑はすべて料理に使えるもの。トマト、バジル、レモン、シソ、ピーマンなどが植えられている。
外の緑はすべて料理に使えるもの。トマト、バジル、レモン、シソ、ピーマンなどが植えられている。


結局、この敷地に出会うまでに3年ほどかかったが、インターネットで敷地の写真を見た時にはピンときたという。「その次の休みにすぐ見に来て、見た瞬間、これは絶対いいと思ってその場で不動屋さんに電話しました」

決め手は、スケッチのイメージにぴったりと合って、しかも回りの緑の環境と視線の抜けが良かったこと。「ここまで高台というのは考えていなかったんですが、2人ともこの抜けとかの気持ち良さみたいなのは考えていたので」


軒の深さが2m55cmある。友達が訪れるとこのデッキに座っておしゃべりや食事を楽しむという。
軒の深さが2m55cmある。友達が訪れるとこのデッキに座っておしゃべりや食事を楽しむという。

毎日がスペシャル

メインのコンセプトはアウトドア好きでキャンプや釣りが趣味という納谷さんらしいものだ。「山や川で遊ぶのは気持ちがいいですが、日常もそういった非日常的な時間と同じように楽しい方がいいわけだし、毎日がスペシャルだと思ってるんですね。非日常のように日常がある、そういうふうにしたかったんです」

そうした考えを象徴するのが、屋根の上の芝生の部分で、テントを張れる広さを確保したという。そのほか、個々のスペースを設計する際には、“居心地がいい居場所をつくる”ことも大きなテーマになった。

リビングは、地盤よりも90cm低くしたため、吹抜けの高さがより強く感じられるが、同時にちょっと“こもった感じ”にしたかったという。「ソファに座ると完全に埋もれた感じで世間からまったく隠れることができて、立つと一気に開放感が出る。その両方をやりたかったんですね」 


丸みを帯びた木の階段は友人で家具デザイナーの藤森さんにつくってもらったもの。
丸みを帯びた木の階段は友人で家具デザイナーの藤森さんに頼んでつくってもらったもの。
畳のスペースの向かいにはキャンプや釣りの道具が収まる。
畳のスペースの向かいにはキャンプや釣りの道具が収まる。
 
リビングの床を掘り下げた分、余計高く開放感を感じられる吹抜け。外に見えるのはゴーヤとキュウリ。
リビングの床を掘り下げた分、余計高く開放感を感じられる吹抜け。外に見えるのはゴーヤとキュウリ。
2階は構造合板を使い特に仕上げは施していない。
2階は構造合板を使い特に仕上げは施していない。
 
蛍光灯にガラス繊維を捲きつけた照明。友人で照明デザイナーの岡安さんに考えたもらったものだ。
蛍光灯にガラス繊維を捲きつけた照明。友人で照明デザイナーの岡安さんに考えてもらったものだ。
左に天井の低い畳の間がある。ここに寝転んで見る外の景色もいい。
左に天井の低い畳の間がある。ここに寝転んで見る外の景色もいい。


どの空間も気持ちよくしたかった

リビングに接した外のデッキ部分は庇を深くしたかったという。そうすることでリビングには夏の日差しもまったく入らず、同時にデッキの部分に気持ちのいい空間ができる。実際、この空間は夏でも気持ちよく、友達が訪ねてくるとリビングよりものこの場所で会話や食事を楽しむことが多いという。

「ローテーブルを出して直に座って。ここは天井をわざと2m10cmと低くしているので、デッキの上に座った方が心地いいんですよ。軒が2m55cmあるので、これくらい深いともう部屋という感じになるんですね」


家の脇と背後に豊かな緑が控える。
家の脇と背後に豊かな緑が控える。
1階の芝生の屋根からは遠くまで望める。普通の家にはない、自由な感じいっぱいの空間だ。
1階の芝生の屋根からは遠くまで望める。普通の家にはない、自由な感じのあふれる空間。


焼き杉を使った2階部分には2人のお子さんの個室がある。家の原型みたいな、プリミティブなものにしたかったという。
焼き杉を使った2階部分には2人のお子さんの個室がある。“家の原型”みたいな、プリミティブなものにしたかったという。

設計に入るまでも大変だったが、設計自体も壁のラインを揃えるなど通常している作業をあえてせずにデザインをしたら、やることが増えて逆に大変だったというこの家。最後にお2人にお気に入りの居場所について聞いてみた。

まずはまゆみさんから。「わたしは家事がぜんぶ終わった後、ソファに横になるんです。そうすると飛行機とか雲しか見えないんですね。読書でもしたいと思うんですが、すごく気持ちが良くていつも知らない間に寝ちゃっているんです。この時間がずっと続けばいいのにってよく思うんですけれど」。さらに、夜、ソファにいて上の窓から月が見える時もちょっと幸せな気分になるとも。


まゆみさんと娘さんからの要望で玄関ドアの裏に鏡を貼った。
まゆみさんと娘さんからの要望で玄関ドアの裏に鏡を貼った。
暖炉は納谷さんの冬のお気に入り場所。
暖炉は納谷さんの冬のお気に入りの場所。


カーテンは友人のファブリックデザイナー、安東さんによるもの。市松模様の布が二重になっている。このほか、友人の建築家、寺田さんには表札のデザインを依頼した。スチレンボードを切ってつくったハンコをモルタルに押して作成したものという。
カーテンは友人のファブリックデザイナー、安東さんによるもの。市松模様の布が二重になっている。このほか、友人の建築家、寺田さんには表札のデザインを依頼した。スチレンボードを切ってつくったハンコをモルタルに押して作成したものという。

納谷さんは季節によって好きな場所が変わるという。「どの空間も気持ち良くしたかったので、すべて気に入ってますが、今の季節はデッキにいて風が吹いている時はほんとに気持ち良くて、冬は暖炉の前でよくお酒を飲みますね」

アウトドア好きの納谷夫妻、周りの森から聞こえる鳥や虫たちの声に癒されるという。都心では考えられない非日常的な毎日を満喫しているようだが、当初考えた、屋上でのキャンプは多忙で時間が取れずまだしていないという。実行したらぜひその話を聞いてみたいと思う。


メディアでの発表時の作品名は「360°」。見晴らしがいいことからのネーミングと思う人が多いというが、「モダンとか古典とかエコとか既成の考え方にとらわれず、なんでも取り入れるし、何の方向性もないという意味で付けた」という。
メディアでの発表時の作品名は「360°」。見晴らしがいいことからのネーミングと思う人が多いというが、「モダンとか古典とかエコとか既成の考え方にとらわれず、なんでも取り入れるし、何の方向性もないという意味で付けた」という。

納谷邸
設計 納谷建築設計事務所
所在地 川崎市麻生区
構造 木造、一部RC造
規模 2階建て
延床面積 94.79m2