Architecture

敷地のデメリットをメリットにLAのような開放的な空気感と、
連続する空間を満喫できる

敷地のデメリットをメリットに読み替えて  LAのような開放的な空気感と、 連続する空間を満喫できる家
小田急線の主要駅から歩いて数分。住宅地の中に、周囲とはまったく佇まいの異なる姿が現れる。中央から延びる3本のウイングが見る角度によってさまざまな表情をつくり出すこの建築は、建築家の桑原茂さんの自宅兼事務所だ。

この建築の形は敷地から導き出されたものだが、条件的にはかなり厳しかったという。「この場所は変形地でしかも旗竿。南側は4m位の高さの擁壁を抱えています。面積の割に難所が多い土地で、このいびつな形の中にふつうに建てようとすると、なかなかうまい形に入らない」と桑原さんはいう。


DKからリビング方向を見る。吹き抜け上部にブリッジが走る。階段を上ると右側が浴室。ブリッジを渡った先には、それぞれ寝室と個室がある。
DKからリビング方向を見る。吹き抜け上部にブリッジが走る。階段を上ると右側が浴室。ブリッジを渡った先には、それぞれ寝室と個室がある。

「不利な土地三大要素が揃っている」敷地だが、建築家は一般的に不利と思われる条件をテコにして他では見られないような斬新なアイデアを考え出す。デメリットをメリットへと読み替えるのだ。

「負の部分をどうやって設計に活かせるかというのはクライアントとの打ち合わせでいつも言っていること。難しい部分を逆に強みにして家をつくって魅力的な住まい方をしましょうと言っている人間が自身でそういうことができるのか」。この難しい土地での設計はそんなことも意識してのチャレンジであったという。


東側のウイングにつくられたDKの上部には寝室がある。
東側のウイングにつくられたDKの上部には寝室がある。

内と外をリンクさせる

一方で、周辺環境では、気持ちよく開けた東側には木々が鬱蒼と茂る公園があり、西側は駐車場だがしばらくはオープンな場所として存続しそうな好条件に恵まれていた。そこで、この環境に対して家をなじませつつ、敷地のいびつな形にどうやって応えていくかで検討を重ねていった。

スタディをしているうちに、ある時、敷地の真ん中に建てたらどうだろうと思いついたという。真ん中に建てれば庭も取れるし建物の周りをぐるりと回ることもできる。そうしたところから、だんだんとウイングのような形のものが出てきたという。

中央の吹き抜けからリビングやDK、個室などが枝葉のように生え出るような形で検討していく過程で、ウイングとウイングの間に3つの庭とウッドデッキが外部要素として誕生し、それらが内部空間とリンクし始めるようになった。「いびつな土地でいびつな形の建物ですが、このふたつがかなりナチュラルにマッチしているという感覚が設計をしていく中で生まれてきました」。


リビングでの桑原さんと愛犬のクーフィー。奥の中央にDK。
リビングでの桑原さんと愛犬のクーフィー。奥の中央にDK。

開放感とダイナミズムを感じられる空間

内部においても建築的なチャレンジがあった。それは、大きな空間をつくり、その中で空間を連続的につなげていくこと、そして複雑に見える形・空間を構造と部材の工夫によって単純につくることであった。より力を入れて臨んだのは前者の空間体験にかかわるものだったが、これには桑原さんがアメリカで過ごした数年の体験が大きく反映しているという。

「アメリカにいた時間が長かったので、みんなが集まる場所をできるだけ大きくしようと。個室や水回りは用件を足す場所として最小であってもいいと考えました」。こうして住居部分の2~3階がつくられた。半地下的につくられた事務所スペースから階段を上がると、2層分の吹抜けが現れ、宙に走るブリッジが3つのウイングのそれぞれにつくられた個室や水回りなどをつないでいるのが見える。

この2~3階では、桑原さんが暮らしたことのあるLAとも通じるような開放的な空気感とともにダイナミズム溢れる空間も同時に楽しめるが、このダイナミズムは、空間を連続的につなげて、動線を空間体験の中に盛り込んでいく、ル・コルビュジエらのモダニズム建築とも通ずる。動くごとに視界が捉えるシーンが次々と移り変わっていくのも、ル・コルビュジエの建築と同様にここでの空間体験の醍醐味となっている。


浴室前からリビングを見下ろす。
浴室前からリビングを見下ろす。
 
3階の浴室。ブルーのタイルが美しい。
3階の浴室。ブルーのタイルが美しい。
リビングには大人数にも対応可能な大きめのソファが置かれている。
リビングには大人数にも対応可能な大きめのソファが置かれている。
DK上につくられた寝室。
DK上につくられた寝室。
DKを見下ろす。DK上に寝室のボックスが突き出ている。
DKを見下ろす。DK上に寝室のボックスが突き出ている。
 
階段途中から見上げる。奥がリビングでその上に個室が浮かぶ。
階段途中から見上げる。奥がリビングでその上に個室が浮かぶ。
 
2階へと上る階段。上る途中で開放的な空間の気配が感じられる。
2階へと上る階段。上る途中で開放的な空間の気配が感じられる。


ここでの開放感とダイナミズムは日本の住宅ではなかなか体験できない種類のものだ。内部でのこの気持ちよさが人を引きつけるのだろう。外のデッキを使ってバーベキューパーティなどを開くときはだいたい15、6人は集まるというが、そのうちの3、4人は帰りたくないと言って泊まっていくのだという。

できるだけ長く、日本の住空間ではなかなか体験することが難しいこの心地よさを味わいたい、そんな気持ちが伝わってくる話だが、そういえば、周辺環境となじむように考えられたこの建築の形、多くの人を迎え入れる、そんな歓待の雰囲気も醸しているように見える。


春や秋など過ごしやすい季節には、家の中だけでなくこのデッキスペースも快適。十数人でバーベキューパーティを開くこともあるという。
春や秋など過ごしやすい季節には、家の中だけでなくこのデッキスペースも快適。十数人でバーベキューパーティを開くこともあるという。
エントランス側から見る。右下に事務所と兼用の玄関がある。
エントランス側から見る。右下に事務所と兼用の玄関がある。
庭から半地下の事務所スペースを見る。この横長の開口が室内に十分な光を導き入れる。
庭から半地下の事務所スペースを見る。この横長の開口が室内に十分な光を導き入れる。
南東側につくられた菜園。トマトやキュウリに始まり、今はタマネギやホウレンソウなどをつくっているという。
南東側につくられた菜園。トマトやキュウリに始まり、今はタマネギやホウレンソウなどをつくっているという。


玄関入ってすぐの打ち合わせスペースから事務所内を見る。左右のアールの壁は、外形のアールの形がそのまま反映している。この半地下スペースは年間を通して過ごしやすいという。
玄関入ってすぐの打ち合わせスペースから事務所内を見る。左右のアールの壁は、外形のアールの形がそのまま反映している。この半地下スペースは年間を通して過ごしやすいという。
打ち合わせスペースを見る。左が玄関で、さらにその左に2階の住宅スペースへと到る階段がある。テーブルや棚もこのスペースのためにつくられたオリジナルデザインのもの。
打ち合わせスペースを見る。左が玄関で、さらにその左に2階の住宅スペースへと到る階段がある。テーブルや棚もこのスペースのためにつくられたオリジナルデザインのもの。

桑原邸
桑原邸
桑原邸
設計 桑原茂建築設計事務所
所在地 神奈川県川崎市
構造 RC造+鉄骨造
規模 地上2階
延床面積 145m2