Architecture
“質感への実感”はプロ以上スケッチも描いて
こだわりを貫き建てた家
仕事では日々、自ら描いたスケッチをもとに空間をつくり上げているが、建築家の岡村さんには、必要な部屋を伝えたのと、部屋を細かく区切らないでほしいとお願いした以外は、空間構成に関してはすべてお任せだったという。そのため、地面と半層ずつずらしたフロア構成も、階段室を端部に寄せて玄関と一体化させるというプランも建築家からの発案だった。
天板に足場板を使用
しかし、この家で使用する仕上げ材とその質感にはとてもこだわった。玄関から半層上のレベルにあるLDKでは、キッチンと廊下を仕切る壁がそのままダイニングテーブルへとつながるつくりになっているが、この壁とテーブルのトップの材が工事用の足場板を転用したものだという。
LDKで目を引くこの材は、床を味のあるフローリングにしたいと思っていた神林さんが、なかなかイメージにあったものが見つからず悩んでいた時に、建築家から提案を受けたものという。しかし、当時お子さんが生まれる予定だったため凹凸の多い床にはできないと使用をあきらめていたところ、テーブルにするのはどうかと再提案され使うことに。
デザイナーとして時代劇のセットを多く手がけ、エイジング加工で新品のものを古い味わいを出して使うことも多いという神林さんには この材の質感がとてもしっくりときたという。奥さんも「住み始めた時に、新築でピカピカみたいな感じよりはもうちょっと馴染んでいる感じの方がいいなというのもありました」と言う。
アンティークの窓を取り付ける
アンティークな感じの質感が好きという神林さんがアンティークを扱う家具店で見つけてきたのが階段室とLDKを隔てる壁に取り付けられている窓だ。上端に特徴的なアールの付いたこの窓はもともとは水栓を探しに行った時に目にとまったもので、この場所に窓をつくる際に、ちょうどこの場所にいいものがあったことを思い出して買いに行ったという。
この窓も足場板に劣らず味のある齢の取り方をしているのが魅力だが、店で見た時にはすべて透明の擦りガラスが入っていたという。そのうちの3枚を、同じ店にストックのあった色つきの摺りガラスに、位置を指定して入れ替えてもらったという。
神林さんが会社に行く時は「いってらっしゃい」と声を掛けられるし、忘れ物を渡したりするのにも便利だと奥さんが言うこの窓。神林さんも帰宅時に玄関を開けると奥さんがここから顔を出して声をかけてくれるので、その瞬間にふっと仕事の緊張が解けてくつろいだ気分になれるという。
浴室タイルを自ら割り付け
同じフロアでもうひとつ人目を引くのが、その窓の隣につくられた壁だ。もともとは、ニューヨークなどの地下鉄で見られるサブウェイセラミックの陶器の質感と、目地なしで使えるところが気にいっていたのだが、コストも高く目地なしでは地震の際に割れてしまうため、サイズや質感が近いものを選んで貼ったものだという。
下階の浴室の床には同じメーカーのタイルを選んだが、壁のほうはタイルの割り付けを自ら行った。薄いグレーのタイルの途中に大きさの異なる濃紺のタイルの筋が2本水平に入っているが、このパースのスケッチを描いて建築家に渡したのだという。
岡村さんはまた、「自分はそんなに素材感を積極的に出すタイプではないので、神林さんにはその白地図のような状態を楽しみながらいろいろやってもらえたんじゃないか」と言う。
仕事柄、家でゆっくりと過ごせる時間は多くない。神林さんがその限られた時間にリフレッシュするのに、この“白地図状態”を楽しみつつ納得のいくまで材にこだわり尽くして仕上げた空間が大きな役割を果たしているのは間違いがなさそうだ。
設計 8d一級建築士事務所
所在地 東京都渋谷区
構造 木造
規模 地下1階地上2階
延床面積 91.57m2