Architecture
分散配置されたボックス状の家豊かさの印象を生む
空間の仕掛けと緑
この家のオーナーはこの土地に住んで8代目になるというOさん。この配置にたどりつくまで計画はかなり変遷したという。中でも、土地運用の話が出て、周りの余っている敷地をうまく運用できるような区画割りを考えることになったのが大きなターニングポイントだった。
結局、5区画に割って、そのうちの道路側の2区画を使うことに。残りの3区画へと通じる道を将来的につくることも考慮した上で区画を割ったため、南北に細長い敷地になった。そのために、当初つくられた東西に間口を広く取った案が実現できなくなり新たな配置案が考えられたという。
また同時に、都市部での中庭をつくって空間を防御するつくりと、郊外での外に大胆に開けたつくりの両方の特徴を備えもった中間的なつくり方ができないか、そんな田井さんの思いも反映しているという。
空間の抑揚
こうした考え方が、O夫妻の「プライヴェートとパブリック的な部分を分けてほしい」という要望にもうまくフィットした。このほか、夫妻からは空間に変化をもたせたいという要望があった。それは、リビング・ダイニングの床をすべてフラットにするのではなく、どこかがくぼんでいるような空間にしてほしいというようなものだった。
これは、リビングからダイニングとキッチン部分を30cm下げるだけでなく、空間の抑揚といった形で全体的にも適用されている。たとえば、玄関に入った時に髙めの天井がありその次に低めの渡り廊下が続く。そしてリビングに至ると吹き抜けになってふたたび高くなったりといった具合だ。
無数の視点と空間の豊かさ
リビングへと至る渡り廊下の床は、住宅には珍しく斜めになっている。敷地自体が道路よりも30cm高くなっていることから、敷地の中を登っていくように、外のアプローチから傾斜が連続してリビングまで続いていくと面白いと考えたという。そのために、天井だけでなく床のレベルでもアップアンドダウンのある構成になった。
空間の抑揚はこうした水平レベルだけではなく、棟の並びをずらすことによってもまた行われている。そのため、水平・垂直両方のレベルで空間のずれが発生し、少し場所を変えただけで見え方が変わってくる。たとえば、キッチンとリビングでは中庭の見え方が違うし、リビングでも中央部分と階段近くではまた違ってくる。無数とも言える視点が空間の豊かさの印象へと繋がっているのだ。
緑を取り込む
さらにこの“豊かな印象”を強くしているのが緑の存在だが、まずは家の周囲にある豊かな緑をどう取り入れるかがテーマになった。将来的に裏の敷地へと通ずる道ができる可能性もあるため、全面ガラスにはせずピクチャーウインドウ的に外の緑を切り取る窓にした。あえてフレームでカットすることにより周囲の緑への意識がアップする仕掛けだ。
Oさんはこの緑の心地よさを存分に味わうため、リビングのソファの一部の向きを変えて庭が正面に見えるようにしたという。「ほんとうは背中の部分がすべて中庭の方に向いているんですが、一部位置を変えて庭の緑が正面に見えるようにしました。これがまたすごくいいんですね」
さらに緑を足した部分もある。これは田井さんといつも一緒に仕事をしている植木屋さんが提案してくれたのだという。「娘さんの部屋の窓を開けたらいい匂いがするといいですねってキンモクセイを植えてくださって」と奥さん。「あと、庭から取ってきたもので娘さんと一緒に料理とかできるといいですねって、中庭にハーブを植えていただきました」
庭の雰囲気が天候や季節によって変わるのがまたいいという。「雨が降った時もすごく良くて、外の木の濡れた感じもいいし、光がいい具合に明るく入ってくるのがまたすごくいいですよ」とOさん。奥さんは秋にモミジが真っ赤になると素晴らしいという。
家の空間と周囲の環境と、変化する内容はまったく異なるが、その相乗効果でこの家の豊かな印象が増しているのは確かなようだ。
設計 田井幹夫/アーキテクトカフェ
所在地 東京都狛江市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 154.66m2