Architecture

曖昧な境界が広げる可能性狭小を感じさせない
開かれた街のスタンド

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地域と交流できる場に

昨年秋に誕生した「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」は、建築家・落合正行さんが設計した自宅であり、事務所であり、実験の場でもある。
「せっかく事務所を構えるのなら、コーヒースタンドもやりたい、できるんじゃないかと妻と考えました。ふたりともコーヒースタンド巡りが趣味で、あちこち飲み歩くうち、コーヒーを介して地域と関わり合えたらと思うようになったんです」。
平日は建築事務所である1階は、不定期でコーヒー豆を販売したりイベントを企画したりするスペースも兼ねている。道路に面して開かれた開口部は、街の人たちが立ち寄り、交流する場に。
「これまでに本とコーヒーショップをテーマにしたイベントを開いたりしました。駐車場を開放すればスペースも確保できます」。
実験の場、というのはまず、この土地が狭小であることからくる。
「建坪8.8坪ですから、どう使うか工夫せざるを得なかったんです。やりたいことができる場所を確保して、住居としても成立させるにはどうしたらいいか、知恵を絞りました」。


2、3階の住居部分はジョリパット仕上げ。間口を最大限広くとるため鉄骨造を採用。
2、3階の住居部分はジョリパット仕上げ。間口を最大限広くとるため鉄骨造を採用。
エントランスにはコケ、シダ類などの植物に飛石をあしらい、和の雰囲気を出した。
エントランスにはコケ、シダ類などの植物に飛石をあしらい、和の雰囲気を出した。


石英岩と青森ヒバの床で空間を分けた2階のLDK。準防火地域にあたるため、インナーテラスにすることで防災認定を必要としない木製建具を使用した。
石英岩と青森ヒバの床で空間を分けた2階のLDK。準防火地域にあたるため、インナーテラスにすることで防災認定を必要としない木製建具を使用した。
1階奥にはゲストルームとして使えるスペースを用意。階段は圧迫感を避けるため、存在感を消す設計に。
1階奥にはゲストルームとして使えるスペースを用意。階段は圧迫感を避けるため、存在感を消す設計に。
3階からの光が吹き抜けを通して2階に届く。天井高に差をつけ、リビング側を高くすることでより開放的に。
3階からの光が吹き抜けを通して2階に届く。天井高に差をつけ、リビング側を高くすることでより開放的に。


インナーテラスの発想

「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」には、その発想に驚かされることがたくさんある。まず2階のLDK。広さを出すために、仕切りを設けず床の素材を使い分ける方法で、空間をゆるやかに分けている。そしてインナーテラスの存在。
「リビングとテラスを仕切るガラス戸は、開けるとワンフロアのリビングに、閉めるとテラスが縁側のようになります」。
リビングの床に張られた青森ヒバはテラスまで接続。そのためガラス戸を開けると、テラスもリビングの一部のようになる。そこには鉢植えのモミジが置かれていて、和風の雰囲気が。
「都心の中でも、四季を重んじる日本の要素を取り入れたいと思いました。テラスを縁側に見立てたのも、内と外という境界線の概念が希薄な、日本の曖昧さを大事にしたいと思ったからなんです」。

石英岩を敷いたダイニングキッチン側は、吊り戸棚を付けず、階段との間の壁に開口部を設けることで、奥行きを出した。
「シンクはあえてアイランドにしました。作業しながら家族やゲストと会話ができます」。
家具などはすべて持ち運んで移動させられるものばかり。これで大人数のパーティーも可能になり、空間を有意義に使うことができる。


ガラス戸を開け放てば、開放的で清々しいリビングに。
ガラス戸を開け放てば、開放的で清々しいリビングに。
天然素材にこだわり、その経年変化を楽しむ。色も白、グレーなど自然界のカラーをセレクト。
天然素材にこだわり、その経年変化を楽しむ。色も白、グレーなど自然界のカラーをセレクト。
水に強くてカビにくい青森ヒバは、モミジへの水やりも問題なし。
水に強くてカビにくい青森ヒバは、モミジへの水やりも問題なし。
シンプルに徹した階段。手すりにはタモ材を使用。
シンプルに徹した階段。手すりにはタモ材を使用。


キッチン側は天井高を低くして、落ち着ける雰囲気に。シンクを設置したアイランド横のテーブルは、タモ材の天板に鉄骨の脚でオーダーしたもの。
キッチン側は天井高を低くして、落ち着ける雰囲気に。シンクを設置したアイランド横のテーブルは、タモ材の天板に鉄骨の脚でオーダーしたもの。
壁や収納扉にはフレキシブルボードを実験的に使用。水に強いこととマットな質感が気に入っている。
壁や収納扉にはフレキシブルボードを実験的に使用。水に強いこととマットな質感が気に入っている。
キッチンの壁に開口を設けて階段ホールと接げ、奥行きを出した。自宅でもコーヒーを楽しむそう。
キッチンの壁に開口を設けて階段ホールと接げ、奥行きを出した。自宅でもコーヒーを楽しむそう。


閉じた場所をつくらない

3階のベッドルーム、バスルームは、光に満ちて明るく開放的。ここにも、狭小住宅の閉塞感をカバーするアイデアがある。
「通常、水廻りは1階の暗い場所に設けることが多いんです。でも1日の中で使う時間が限られているスペースなのに、閉じた空間にしてしまうのはもったいない。ガラス張りにしてテラスと隣接させ、光が部屋の中を通り抜けるようにしました」。
さらに、トイレの扉と収納棚の扉を兼ねるというアイデアで、スペースの無駄を省いて動線を確保。
「ベッドルームと洗面側の仕切りには小窓を設けて、メイクや裁縫など、どちら側からも作業ができるようにしました」。
3階の空間を通り抜ける光と風は、ベッドルームや吹き抜けを介して、2階にも届けられる。屋内のような、屋外のような曖昧さが心地よい空間を生んでいる。


バルスームは全面ガラス張りに。右奥のテラス側からの光がベッドルームにも届く。水回りの上にはロフトも設けた。
バルスームは全面ガラス張りに。右奥のテラス側からの光がベッドルームにも届く。水回りの上にはロフトも設けた。
ベッドルームは素朴な風合いのラワンベニヤで。右側にリネンのカーテンで仕切ったクローゼットがある。
ベッドルームは素朴な風合いのラワンベニヤで。右側にリネンのカーテンで仕切ったクローゼットがある。
ベッド手前の椅子が、洗面側からも使える作業スペース。高台に位置し、晴れた日には3階の窓から富士山も眺められるそう。
ベッド手前の椅子が、洗面側からも使える作業スペース。高台に位置し、晴れた日には3階の窓から富士山も眺められるそう。


テラス、バスルーム、洗面、ベッドルームへと一直線に続く。家事動線がいいのが魅力。
テラス、バスルーム、洗面、ベッドルームへと一直線に続く。家事動線がいいのが魅力。
お風呂に浸かりながらテラスの植栽が眺められる。お風呂の蓋も青森ヒバで。
お風呂に浸かりながらテラスの植栽が眺められる。お風呂の蓋も青森ヒバで。


トイレも窓からの光を確保。使用時以外は扉はいつも開けて、閉じた場所にしてしまわない。
トイレも窓からの光を確保。使用時以外は扉はいつも開けて、閉じた場所にしてしまわない。
トイレのドアを閉めると現れる収納。限られた場所を有効に使うアイデア。
トイレのドアを閉めると現れる収納。限られた場所を有効に使うアイデア。


街に向かってオープンに

境界線の曖昧さは隣家との敷地にも。
「コーヒースタンドを設けるにあたって、窓台兼ベンチを作ったのですが、少しだけお隣の敷地に越境させてもらっているんです。普段からお隣のお子さんやそのお友達、近所の人などもよくここに座って、おしゃべりしたりしていますよ」。
お隣のカースペースも含めて、一緒にバーベキューなども楽しむそう。「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」は、住居であり仕事場であり、コミュニケーションの場として機能を始めている。
「コーヒーはツールなんです。好きなものを共有するために地域に向かって場所を開く、そんなきっかけを作れたらと思います」
街に向けて開かれたスタンド。その実験は続いていく。


窓台兼ベンチに腰かける、お隣のお子さん。落合邸のもうひとりの住人・とうふとも仲良し。
窓台兼ベンチに腰かける、お隣のお子さん。落合邸のもうひとりの住人・とうふとも仲良し。
平日の1階の事務所。落合さんの出身地・三重県で作られる三重の木合板などを使用。
平日の1階の事務所。落合さんの出身地・三重県で作られる三重の木合板などを使用。


「いけのうえのスタンド」は妻・麻衣さんが担当。暖簾ごしにコーヒーを注文するやりとりが、どこか昭和を思わせる。
「いけのうえのスタンド」は妻・麻衣さんが担当。暖簾ごしにコーヒーを注文するやりとりが、どこか昭和を思わせる。
「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」の看板犬。フレンチブルドックのとうふ、3歳。インスタグラムでも人気者。
「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」の看板犬。フレンチブルドックのとうふ、3歳。インスタグラムでも人気者。


落合邸「上池台の住宅 いけのうえのスタンド」
設計 PEA…/落合建築設計事務所
所在地 東京都大田区
構造 鉄骨造
規模 地上3階
延床面積 82.78m2