Architecture
地域に溶け込む建築家の自邸光と風と緑を感じて暮らす
街にも自分にも心地よい空間
古家での生活で住まい方を知る
横浜開港以降、外国人居留地として発展してきた山手町。現在も、緑豊かな丘に歴史の面影を残す西洋館や教会、ミッションスクールなどが点在し、その景観の美しさは、“景観風致地区”や建築協定によって保たれている。「妻も私も実家が横浜で、山手は馴染みのある街。この辺りで自宅兼事務所を持てたらいいね、って話していたんです。時折、自転車でまわっては土地を探していました」と話すのは、建築家の八島正年さん。
数年を経て、希望に合う土地と出会えたのが7年ほど前。観光ルートにもなっているこの地は、人が出入りする事務所にとっては好都合だった。また、子育てをする環境としても適していて、八島さんご夫妻にとってはベストな場所だったという。
「土地を購入したら、貯金をほとんど使ってしまって(笑)。古家が建っていたので、少しだけリフォームしてそこに住むことにしたのです。かなり傷んでいたので白く塗ったら、あやしい北欧雑貨店みたいになって(笑)。でも、なんか可愛くて、とても気に入ってました」(正年さん)
古家に住むこと2年余り。「この土地の性格がよくわかり、暮らし方が見えてきました」とは、妻の夕子さん。「当時の屋根裏部屋からの景色が素晴らしくて、将来建て替えるときにはこの景色を生かそうと2人で話していました」
景色や光、風の通りなど生活したからこそわかる土地の特性は、建て替えの設計時に大いに役立ったという。
北側と東側の眺望を楽しみ尽くす
現在の家に建て替えたのは4年ほど前。風致地区ゆえに、道路から2mは建築不可など規制が厳しく、住居を建てられる範囲はかなり限られたという。「南側は住宅で隣家の壁が近いため、あえて北側と東側に開口部を設けました。地形的にも高台で、海に向かって徐々に下がっていくので、こちら側の方が見晴らしがいい。天気の良い日は房総半島まで見えるんです」(正年さん)
2階のリビングダイニングからは、一年中、朝日が山手の街並みを照らす景色が望めるという。「清々しい景色を眺めながらの朝食は、気持ちの良い時間です」と微笑む夕子さん。
また、高台の角地で視界を遮るものがないため、「天候の変化が楽しめる」とは正年さん。「雪が降り、つららが伸びるのを見つけたり。どしゃ降りや台風で空が荒れている様子から目が離せなかったり。大雨の日は、リビングで静かに読書にふける……、そんな時間がけっこう好きなんだって気がつきました(笑)」
光や風などを存分に感じられる空間は、一日の時間の変化や季節の移ろいを敏感にさせ、小さな発見をももたらせてくれるようだ。
風致規制により空いたスペースは、「結果的に植栽ができたので良かった」と話す夕子さん。この土地や建築に合った樹木を、植木屋さんでひとつひとつ選んだという。「こっちに枝がある方がいいとか、特殊な形でもうちにはこれが合うとか。建物だけでなく、樹木が植わって初めて土地になじむ感じがします」(夕子さん)
素材が息づく、落ち着く住まい
設計を依頼された際、正年さんと夕子さんは、「住み手になりきり、自分たちの生活として想像していく」と話す。「自分たちの家も、特別なことをするのではなく、普段自分たちが良いと思って実践していること、そのままの考えを形にしました」と正年さん。お二人が手掛ける家は、使いやすく、心安らぐ空間であることを第一に考え、そのうえでプロポーションの美しさにこだわっていくという。
八島邸では、玄関ホールのステップ1段目から廊下、リビングへと絨毯が敷き詰められている。フローリングほど冷え込まず、音を吸収するため足音も気にならない。また、やや急な階段があることから、落ちた時の衝撃を考え、軽減できるよう配慮した結果でもある。玄関で靴を脱ぎ、一歩足を踏み入れたとき、絨毯のふんわりとあたたかな感触が気持ちよく、ほっとできる瞬間でもある。
また、高いところでは6mほどの天井高があるリビングには、イサムノグチの「AKARI」では最大という直径1m20cmのものを設置。
「もともとこの照明を入れるつもりで設計しています。リビングが小さいのに天井が高いため、小さい照明では、バランスが悪いのです。ソファに座っていると、ただ縦長の吹き抜けになってしまい、落ち着きません」と正年さん。
ドーンと大きな照明が、絶妙な空間バランスと安心感をもたらせてくれる。
八島邸の天井はラワン材、造作家具はすべてブラックチェリー材、壁は漆喰と、日常的に目につくポイントは特に素材の質感を大切にしている。また、キッチンの床は絨毯ではなく水に強いチーク材を使用するなど、使い勝手も意識。生活の場としての心地よい空間に仕上げている。
行動に合わせた収納配置で快適生活
「普段の設計と異なったのは、持っている物の量やどれだけ捨てられるかということが、自分たちのことだけにはっきりわかっていたこと。収納スペースがどのくらいあれば納まるといったイメージができるため、その点は楽でしたね」と夕子さん。
八島邸では、納戸のような大きな収納を造るのがスペース的に難しいため、行動に合わせた収納の配置が考えられている。何をどこで使うか吟味し、使う頻度や物の大きさに応じて造作収納を設けた。「その部屋で使うものはその部屋で仕舞えるようにしたため、すぐに片づけられ、散らかりません」(夕子さん)
家を建てるにあたり最後まで悩んだのが、外壁の色だったという。「白色にするか、打ち放しにするかで迷いました。ここは風致で白が推奨されていたし、古家も白壁で周辺に馴染んでいたこともあり、手入れは少し大変ですが、最終的には白に決定。今は白にして良かったと思いますね。親しみやすいし、街が明るくなります」(正年さん)
緑を楽しめる八島邸のエクステリアには、コンクリートのベンチが設えてある。観光で歩き疲れた人や犬の散歩の途中など、自由に腰を下ろせるようにと、八島さんご夫妻の粋な計らいである。山手という美しい街に自然に溶け込む三角屋根の白い家からは、人をおおらかに包み込む、あたたかな空気が感じられた。