Architecture

地域に溶け込む建築家の自邸光と風と緑を感じて暮らす
街にも自分にも心地よい空間

170109yashima_head

古家での生活で住まい方を知る

横浜開港以降、外国人居留地として発展してきた山手町。現在も、緑豊かな丘に歴史の面影を残す西洋館や教会、ミッションスクールなどが点在し、その景観の美しさは、“景観風致地区”や建築協定によって保たれている。「妻も私も実家が横浜で、山手は馴染みのある街。この辺りで自宅兼事務所を持てたらいいね、って話していたんです。時折、自転車でまわっては土地を探していました」と話すのは、建築家の八島正年さん。

数年を経て、希望に合う土地と出会えたのが7年ほど前。観光ルートにもなっているこの地は、人が出入りする事務所にとっては好都合だった。また、子育てをする環境としても適していて、八島さんご夫妻にとってはベストな場所だったという。
「土地を購入したら、貯金をほとんど使ってしまって(笑)。古家が建っていたので、少しだけリフォームしてそこに住むことにしたのです。かなり傷んでいたので白く塗ったら、あやしい北欧雑貨店みたいになって(笑)。でも、なんか可愛くて、とても気に入ってました」(正年さん)

古家に住むこと2年余り。「この土地の性格がよくわかり、暮らし方が見えてきました」とは、妻の夕子さん。「当時の屋根裏部屋からの景色が素晴らしくて、将来建て替えるときにはこの景色を生かそうと2人で話していました」

景色や光、風の通りなど生活したからこそわかる土地の特性は、建て替えの設計時に大いに役立ったという。


緑の多い丘に瀟洒な住宅が並ぶ。街そのものに情緒があり、散策も楽しい。
緑の多い丘に瀟洒な住宅が並ぶ。街そのものに情緒があり、散策も楽しい。
3階テラスからの東側の眺め。天気の良い日は、東京湾を越えて、木更津や君津の製鉄所まで望める。
3階テラスからの東側の眺め。天気の良い日は、東京湾を越えて、木更津や君津の製鉄所まで望める。
アトリエのエントランスにもグリーンとベンチが。スタッフたちの癒し空間となっている。
アトリエのエントランスにもグリーンとベンチが。スタッフたちの癒し空間となっている。
景観の邪魔をしないように、さりげなく書かれた事務所名。
景観の邪魔をしないように、さりげなく書かれた事務所名。
 
現在手掛けている建築の模型が並ぶ。土地の高低差を感じ取ったり、周辺のボリュームから建ったときのバランスを見るのにも有効だそう。
現在手掛けている建築の模型が並ぶ。土地の高低差を感じ取ったり、周辺のボリュームから建ったときのバランスを見るのにも有効だそう。


北側と東側の眺望を楽しみ尽くす

現在の家に建て替えたのは4年ほど前。風致地区ゆえに、道路から2mは建築不可など規制が厳しく、住居を建てられる範囲はかなり限られたという。「南側は住宅で隣家の壁が近いため、あえて北側と東側に開口部を設けました。地形的にも高台で、海に向かって徐々に下がっていくので、こちら側の方が見晴らしがいい。天気の良い日は房総半島まで見えるんです」(正年さん)

2階のリビングダイニングからは、一年中、朝日が山手の街並みを照らす景色が望めるという。「清々しい景色を眺めながらの朝食は、気持ちの良い時間です」と微笑む夕子さん。
また、高台の角地で視界を遮るものがないため、「天候の変化が楽しめる」とは正年さん。「雪が降り、つららが伸びるのを見つけたり。どしゃ降りや台風で空が荒れている様子から目が離せなかったり。大雨の日は、リビングで静かに読書にふける……、そんな時間がけっこう好きなんだって気がつきました(笑)」
光や風などを存分に感じられる空間は、一日の時間の変化や季節の移ろいを敏感にさせ、小さな発見をももたらせてくれるようだ。

風致規制により空いたスペースは、「結果的に植栽ができたので良かった」と話す夕子さん。この土地や建築に合った樹木を、植木屋さんでひとつひとつ選んだという。「こっちに枝がある方がいいとか、特殊な形でもうちにはこれが合うとか。建物だけでなく、樹木が植わって初めて土地になじむ感じがします」(夕子さん)


高台の2階で腰高窓のため、外からの視線を気にせずカーテンを全開にでき、北から東側の風景を堪能できる。
高台の2階で腰高窓のため、外からの視線を気にせずカーテンを全開にでき、北から東側の風景を堪能できる。
ダイニングテーブル&チェアは、ハンス・J・ウェグナーの家具。ご両親やスタッフも一緒に食卓を囲むことが多く、そのときは、テーブルに伸長板を付けて広げるという。
ダイニングテーブル&チェアは、ハンス・J・ウェグナーの家具。ご両親やスタッフも一緒に食卓を囲むことが多く、そのときは、テーブルに伸長板を付けて広げるという。
奥のガジュマルの木は、結婚10周年のときに、夕子さんが正年さんにプレゼントしたもの。
奥のガジュマルの木は、結婚10周年のときに、夕子さんが正年さんにプレゼントしたもの。
八島家には魔女が3体いる。横浜・元町にある“魔女”専門店のオリジナル人形。
八島家には魔女が3体いる。横浜・元町にある“魔女”専門店のオリジナル人形。
「夕食のときには、キャンドルと共にいつも灯している」(正年さん)というお気に入りのライトは、結婚したばかりのときに購入。部屋に飾るグリーンは、庭で剪定した植物たち。
「夕食のときには、キャンドルと共にいつも灯している」(正年さん)というお気に入りのライトは、結婚したばかりのときに購入。部屋に飾るグリーンは、庭で剪定した植物たち。


ソファの後方が北方向。「最近、双眼鏡で遠くを見ていたら、東京タワーを発見しました!」(正年さん)。東京スカイツリーも見えるそう。
ソファの後方が北方向。「最近、双眼鏡で遠くを見ていたら、東京タワーを発見しました!」(正年さん)。東京スカイツリーも見えるそう。
もともとは靴職人が使用する椅子。座面が高く、景色を見るのに丁度よいとのこと。「これに座って、ビール片手に夜景を見るのが好き」と正年さん。
もともとは靴職人が使用する椅子。座面が高く、景色を見るのに丁度よいとのこと。「これに座って、ビール片手に夜景を見るのが好き」と正年さん。
八王子の農家で使用していたという“糸紡ぎ機”。「学生の頃から“道具”が好きで、アンティークショップや蚤の市で出会うと買ってしまいますね。人がまわしている光景が想像できて楽しいでしょ」(正年さん)
八王子の農家で使用していたという“糸紡ぎ機”。「学生の頃から“道具”が好きで、アンティークショップや蚤の市で出会うと買ってしまいますね。人がまわしている光景が想像できて楽しいでしょ」(正年さん)
ヘリコプターの原型と言われている、“レオナルド・ダ・ヴィンチの木製科学模型”。息子さんも物づくりが好きだそう。
ヘリコプターの原型と言われている、“レオナルド・ダ・ヴィンチの木製科学模型”。息子さんも物づくりが好きだそう。


素材が息づく、落ち着く住まい

設計を依頼された際、正年さんと夕子さんは、「住み手になりきり、自分たちの生活として想像していく」と話す。「自分たちの家も、特別なことをするのではなく、普段自分たちが良いと思って実践していること、そのままの考えを形にしました」と正年さん。お二人が手掛ける家は、使いやすく、心安らぐ空間であることを第一に考え、そのうえでプロポーションの美しさにこだわっていくという。

八島邸では、玄関ホールのステップ1段目から廊下、リビングへと絨毯が敷き詰められている。フローリングほど冷え込まず、音を吸収するため足音も気にならない。また、やや急な階段があることから、落ちた時の衝撃を考え、軽減できるよう配慮した結果でもある。玄関で靴を脱ぎ、一歩足を踏み入れたとき、絨毯のふんわりとあたたかな感触が気持ちよく、ほっとできる瞬間でもある。

また、高いところでは6mほどの天井高があるリビングには、イサムノグチの「AKARI」では最大という直径1m20cmのものを設置。
「もともとこの照明を入れるつもりで設計しています。リビングが小さいのに天井が高いため、小さい照明では、バランスが悪いのです。ソファに座っていると、ただ縦長の吹き抜けになってしまい、落ち着きません」と正年さん。
ドーンと大きな照明が、絶妙な空間バランスと安心感をもたらせてくれる。

八島邸の天井はラワン材、造作家具はすべてブラックチェリー材、壁は漆喰と、日常的に目につくポイントは特に素材の質感を大切にしている。また、キッチンの床は絨毯ではなく水に強いチーク材を使用するなど、使い勝手も意識。生活の場としての心地よい空間に仕上げている。


11畳ほどのリビングに大きな「AKARI」。その存在感と計算されたバランスに注目。
11畳ほどのリビングに大きな「AKARI」。その存在感と計算されたバランスに注目。
玄関ホール。正面に掛かっているのは、イギリスの修道院で使用されていたらしい“まな板”。正年さんが吉祥寺のアンティークショップで一目惚れし、購入したもの。
玄関ホール。正面に掛かっているのは、イギリスの修道院で使用されていたらしい“まな板”。正年さんが吉祥寺のアンティークショップで一目惚れし、購入したもの。
2階と3階をつなぐ、やや急な階段。しっかり握れる手すりと敷き詰めた絨毯で安全性を確保。
2階と3階をつなぐ、やや急な階段。しっかり握れる手すりと敷き詰めた絨毯で安全性を確保。
3Fのテラスでは、「ハーブなど料理に使えるものを育てています」と夕子さん。一方、正年さんは、「ベンチに座って、焼き鳥とか焼いています(笑)」
3Fのテラスでは、「ハーブなど料理に使えるものを育てています」と夕子さん。一方、正年さんは、「ベンチに座って、焼き鳥とか焼いています(笑)」


3階の踊り場。夕子さんが実家で使っていたグリーンのピアノは、現在は息子さんが使用。右手前のテーブルは、高松の桜製作所が手掛けた「ジョージ ナカシマ」のもの。「接ぎ合わせた天板が面白く、愛着がわきます」(正年さん)
3階の踊り場。夕子さんが実家で使っていたグリーンのピアノは、現在は息子さんが使用。右手前のテーブルは、高松の桜製作所が手掛けた「ジョージ ナカシマ」のもの。「接ぎ合わせた天板が面白く、愛着がわきます」(正年さん)
階が異なっても家族のつながりを感じられるように、子ども部屋には開口(右上)を設けている。その下方の窓をはじめ、所々にさりげなく障子を備えている八島邸。光の表情がやわらかに変化する。
階が異なっても家族のつながりを感じられるように、子ども部屋には開口(右上)を設けている。その下方の窓をはじめ、所々にさりげなく障子を備えている八島邸。光の表情がやわらかに変化する。
子ども部屋の開口部には、障子の後ろに板戸が入っているため、完全に仕切ることもできる。
子ども部屋の開口部には、障子の後ろに板戸が入っているため、完全に仕切ることもできる。
踊り場の奥にある3畳ほどの和室。屋根の勾配なりに傾斜した収納は、隅々まで活用。天井にラワン材、ふすまには江戸からかみを使用。
踊り場の奥にある3畳ほどの和室。屋根の勾配なりに傾斜した収納は、隅々まで活用。天井にラワン材、ふすまには江戸からかみを使用。


行動に合わせた収納配置で快適生活

「普段の設計と異なったのは、持っている物の量やどれだけ捨てられるかということが、自分たちのことだけにはっきりわかっていたこと。収納スペースがどのくらいあれば納まるといったイメージができるため、その点は楽でしたね」と夕子さん。

八島邸では、納戸のような大きな収納を造るのがスペース的に難しいため、行動に合わせた収納の配置が考えられている。何をどこで使うか吟味し、使う頻度や物の大きさに応じて造作収納を設けた。「その部屋で使うものはその部屋で仕舞えるようにしたため、すぐに片づけられ、散らかりません」(夕子さん)

家を建てるにあたり最後まで悩んだのが、外壁の色だったという。「白色にするか、打ち放しにするかで迷いました。ここは風致で白が推奨されていたし、古家も白壁で周辺に馴染んでいたこともあり、手入れは少し大変ですが、最終的には白に決定。今は白にして良かったと思いますね。親しみやすいし、街が明るくなります」(正年さん)

緑を楽しめる八島邸のエクステリアには、コンクリートのベンチが設えてある。観光で歩き疲れた人や犬の散歩の途中など、自由に腰を下ろせるようにと、八島さんご夫妻の粋な計らいである。山手という美しい街に自然に溶け込む三角屋根の白い家からは、人をおおらかに包み込む、あたたかな空気が感じられた。


ソファに合わせて造作家具の寸法を決めている。ソファでふさいでいる扉付き収納には、納戸の奥に仕舞うような使用頻度の低いものを収納。
ソファに合わせて造作家具の寸法を決めている。ソファでふさいでいる扉付き収納には、納戸の奥に仕舞うような使用頻度の低いものを収納。
換気ダクトを天井裏に通しているため、キッチンの天井は約2mと低め。「高い所に収納があっても有効に使えません。また、油がまわるだけで掃除も大変。低い方が排気もしやすいです」(夕子さん)
換気ダクトを天井裏に通しているため、キッチンの天井は約2mと低め。「高い所に収納があっても有効に使えません。また、油がまわるだけで掃除も大変。低い方が排気もしやすいです」(夕子さん)
キッチンは全て造作。振り向くだけで手が届くコンパクトな造りは、無駄な動きがなく、使い勝手が良い。冷蔵庫右脇のスペースには、実は洗濯機が収納されている。廊下側から使用する。
キッチンは全て造作。振り向くだけで手が届くコンパクトな造りは、無駄な動きがなく、使い勝手が良い。冷蔵庫右脇のスペースには、実は洗濯機が収納されている。廊下側から使用する。


よく使うものや見栄えの良いもの、からっとさせたいものはディスプレイして“見せる収納”を。
よく使うものや見栄えの良いもの、からっとさせたいものはディスプレイして“見せる収納”を。
腰高窓に合わせた壁一面の造作収納。食器類だけでなく、ノートパソコンなどダイニングで使用する物を納めている。
腰高窓に合わせた壁一面の造作収納。食器類だけでなく、ノートパソコンなどダイニングで使用する物を納めている。


「植栽して4年目に入ったので、そこそこ緑が茂ってきましたが、もう少し増やしたいですね。草木の種類の見直しと合わせて検討中です。ささやかな緑化ですが、ベンチと共に道行く人に楽しんでほしいです」(夕子さん)
「植栽して4年目に入ったので、そこそこ緑が茂ってきましたが、もう少し増やしたいですね。草木の種類の見直しと合わせて検討中です。ささやかな緑化ですが、ベンチと共に道行く人に楽しんでほしいです」(夕子さん)
正年さんが20年以上愛用しているベスパ。「この辺りは坂が多いので、重宝しています。スタッフに頼まれて、よく郵便を出しに行きますね(笑)」(正年さん)
正年さんが20年以上愛用しているベスパ。「この辺りは坂が多いので、重宝しています。スタッフに頼まれて、よく郵便を出しに行きますね(笑)」(正年さん)
外観の印象を優しく豊かにしてくれる木製の玄関ドア。手前が自宅、奥がゲストルームに続く。
外観の印象を優しく豊かにしてくれる木製の玄関ドア。手前が自宅、奥がゲストルームに続く。


1階のゲストルーム。将来もしものときには、親も一緒に住めるようにと考えて設計。「現在は、遠方からのお客様やスタッフが忙しいときに寝泊まりしています」(正年さん)
山手町の家(自邸)
設計 八島建築設計事務所
所在地 神奈川県横浜市
構造 RC造
規模 地下1階、地上3階
延床面積 169.02m2(地下緩和含む)