Architecture
内と外をつなぐ楽しみと心地よさが
生まれる土間のある家
祖母の家を建て替える
練馬区内の閑静な住宅街に建つ、鮮やかなグリーンの帽子を被っているかのようなちょっと変わった外観の家。この “帽子の家”が、Mさん夫妻と愛猫ちくわの住まいだ。
Mさん夫妻が家を建てることになったのは、今から2年ほど前のこと。もともとこの場所には、ご主人の祖母が40年間暮らしていた家が建っていたという。古い家をリフォームして住むことも考えたが、2年ほど空き家になっていたため傷みもあり、建て直すことになった。
設計は奥さまの高校時代の同級生であるA+Sa(アラキ+ササキアーキテクツ)の佐々木珠穂さんに依頼することに。「設計事例を見て惹かれたのはもちろんですが、友人なのでキーワードを伝えるだけでニュアンスをわかってもらえるかなと思って」と奥さま。
一方、佐々木さんは敷地の印象について「都内の住宅地としては広く、大通りから1本入っただけなのにとても静かでいい場所。お祖母さまの家は暗かったので、明るい家にしたいと思いました。」と振り返る。
リビング、土間、庭のつながり
佐々木さんにお任せの部分も多かったそうだが、そんな中、奥さまが唯一伝えた大きな要望が、「広い土間が欲しい」ということだった。趣味の金工細工や彫金を行う場所として、大切にしている鉢植えを置く場所として、土間が最適だと考えたためだ。
佐々木さんは、庭に面する場所に、リビングとつながる土間を配置。リビング、土間、庭を、気軽に行き来できるひとつながりの空間とした。また、高さ2200mm×幅2間という可能な限りの大きさのFIX窓を設け、さらに窓の桟を埋め込むことで、より一層内外の一体感を感じられるように演出した。
「ちくわがいつも土間でゴロゴロしているんです。猫が土間好きだとわかりました」と笑う奥さま。残念ながら撮影時には人見知りの愛猫ちくわに会うことはできなかったが、土間は人にも猫にも居心地のよい場所となったようだ。
一方で、暖房効率を高めたい時などは、リビングと土間を障子で仕切ることもできるようにした。「障子は光や気配を通しながら、緩やかに区切ることができるのが魅力。M邸では、太鼓張りにした障子の小口面に黒皮スチールのバーを組み合わせて、和の雰囲気になり過ぎないように工夫しました」と佐々木さん。また、障子は不要な時には戸袋にすっきりと引き込むことができ、空間のつながりを遮らないのも大きなポイントだ。
ふたつの吹き抜けに挟まれて
生活の中心であるリビングは、南側(土間)、北側のふたつの吹き抜けに挟まれている。これは、吹き抜けのトップライトから光を採り入れるとともに、空気を巡らせることもできる仕掛け。明るく開放感もありながら、高い吹き抜けとの対比で落ち着いた居心地の良さを感じられるというメリットもある。「ほぼワンルームのような空間ですが、天井で変化をもたせています」と佐々木さん。ソファやダイニングテーブル、畳スペースと、ひとつの空間に雰囲気の異なる居場所がいくつも生まれている。
シンプルながら使い勝手の良さそうなキッチンは、佐々木さんが設計したオリジナル。「収納に扉をつけると物をしまいこんでしまうので、きちんと整理するために見せる収納にしたい」という奥さまの要望で、ダイニング側もシンク下もオープンに。足元を浮かせて2本脚で支える家具のような造りとした。
“帽子”の中の空間
階段を上がると、ダイナミックに梁が走る勾配天井に、構造用合板をそのまま現した壁など、1階とは少し雰囲気の異なる空間が広がっている。「Mさんが山小屋のような空間も好きだということで、2階はそういうイメージでつくりました」と佐々木さん。
じつはこの2階に“帽子”の秘密も隠されている。“帽子”の部分は外から見ると一見屋根のようだが、構造的には壁なのだという。「南に庭を取ると、北側が斜線制限で切り取られます。その斜線に合わせて4面をカットしたらこの形が生まれました。“帽子”のように被せたことで、寝室や書斎に適した包み込まれるような空間ができたと思います」と佐々木さんは話す。ご主人たっての希望だったという「篭れる書斎」もでき、居心地のいいデスクで読書を満喫しているそうだ。
いっぷう変わった姿の中に隠された、設計者の工夫と仕掛け。M邸には戸建て住宅ならではの魅力がたくさん詰まっていた。
設計 A+Sa(アラキ+ササキアーキテクツ)
所在地 東京都練馬区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 120.53m2