Architecture
地下にワインセラーを新築なのに味がある
温もりのコンクリート住宅
家に作家性は求めない
「ただのコンクリートの箱が理想でした」。
代々木公園のワインバー「アヒルストア」のオーナー齊藤輝彦さんのご自宅は、凹凸のないコンクリートの外観の潔さが、人気の住宅街で目を引く。
「もともと妻の祖母が暮らしていた築60年くらいの家が建っていたんです。そこを引き継いで住んでいたときに3・11があり、耐震を考えて建て替えることになりました。本当は古いものが好きなので、リノベーションして住み続けたかったのですが」。
大学で建築を学んだ齊藤さん。知り合いの建築家に依頼したのだが、やりたかったのは自分のイメージを形にすることだった。
「作家性の高いものを造りたくはなかったんです。新しいものよりも深い味のあるものが好きだし、新築のピカピカとしたきれいな作品に住みたいとは思いませんでした」。
建築家の描いた図面から、過剰な要素を削っていくという作業を繰り返す。そのやりとりからコンクリートに包まれた温もりのある家が生まれた。
地下水槽をワインセラーに
「まず、ファサードは開口のない四角い面で、スライド式のドアに滑車がついていて、屋上の細い手すりが見え、手すりとドアの取っ手は同素材…」。
齊藤さんには明確なイメージがあった。
「滑車は、“ジブリ”っぽい感じを出したいと思ったんです」と笑う。土間のような玄関の向こうには、モダンと懐かしさが一体となった空間が広がっている。
「もともと地下に防火水槽があったんです。消防署に撤去してもらうこともできたのですが、譲渡してもらって使えるなら面白い家になるかなと。それも建て替える決心につながりました」。
ロープを引いて床下収納のような蓋を開けると地下につながる階段が現れる。水がいっぱい貯めてあったというその空間は、現在ワインセラーに。
「地下室って男の夢みたいなところありますよね。できた時はうれしくて、ひとりで籠っていました」。
もともとたくさん持っていたワインも、さらに本数が増えた。この秘密基地のような空間につながるロープも、ジブリ風を意識したのだそうだ。ベッドルームを仕切る引き戸は、お祖母さんの家にあったもの。柄の入った昭和の雰囲気のすりガラスに枠をつけてもらって再利用。そんな懐かしくて温もりのあるものが、家のあちこちに散りばめられている。
学校の教室か工場のように
「前の家はキッチンとリビングが分かれていたのですが、友人が来ると、結局みんなキッチンにぎゅうぎゅうと集まっていました。だからLDKは壁のないつながった空間にしたかったんです。台所でお酒を飲んでいるようなリビングが理想でした」。
30畳ほどあるLDKは、学校のような、工場のような雰囲気の内装に。無垢のオークの床に、開口部から光が差し込む。圧倒されるのは、壁一面を占有する棚と中央に構えるキッチン。
「たくさんあって収まりきらなかった本を、アーカイブ的に全部収納したくて本棚を取り付けました。1枚板を使いたかったので、ツーバイ材の最大幅・長さのものをトラックで運んでもらったのですが、輸送量の方が高くつきましたね(笑)」。
キッチン前に、天井からL字型に吊り下げられた棚は、キッチンスペースをゆるやかに分ける効果も。友人が集まってきたときには、この下のダイニングテーブルで、それぞれがゆっくり寛ぐのだという。カフェのような、まったりできるワインバーのような、居心地のいい空気が漂っている。
飲んで楽しめる居心地のいい家
「ごはん食べて、飲んでるのがいちばん似合う家であってほしいんです」という齊藤さん。
キッチンには業務用の厨房機器を選んだ。プロ仕様の武骨な佇まいが、この家にマッチする。
「ラグジュアリーな感じが苦手で、家具にも思い入れがないんです。デザイナーものとか、プロダクトもののインテリアって、僕には強すぎてしまって。ほとんどのものが、後からどうにでも変えられるものばかりです」。
インテリアは古道具屋で見つけたもの、昔から使っているもの、お祖母さんから受け継いだものなど。
「ダイニングテーブルもソーホースにベニヤ板を載せただけ。ベッドも造作です。家自体、新品のピカピカした感じにはしたくなかった。だからコンクリートのザラザラした感じが気に入っています」。
力の抜け具合が、コンクリートの箱を温もりのあるものにしている。気候のいいときには、屋上のルーフバルコニーで、心地よい風を感じながらお酒をゆっくり楽しむのが、また、この家の醍醐味だとか。
「力まない、かっこ良すぎない、居心地がいい、そんな家であってほしいですね」。