Architecture
100枚のシートから始まった都会の住宅地で
森を眺めて暮らす
都会だけど森が見える
「家を建てる予定はまったくなかった」というSさん。夫婦ともにマンション派だったという。住んでいたマンションの耐震性が気になり、3年ほど前から毎週末に見て回ったが、これだという物件に出会わなかった。
「いい感じの中古があればと探していたんですが、なかなかしっくりくるものがなく、探すのにちょっと疲れてしまって。それで気分転換に土地を見てみようということになったんです」
そして偶然にも出会ったのがこの敷地だった。都会の住宅地だが近くに森があり、家の中からも森が望めるという立地。「勢いでここにしようとなった」とSさんは話す。
100枚のオリエンシート
マンションからの転向とはいえ、いったん家を建てることを決めるとS夫妻はとても熱く家づくりへと入れ込んでいった。「建築家の篠崎さんにはじめてお会いして話をした直後に、夫婦でオリエンシートを100枚つくってPDFにてして送りました」とSさん。
徹夜までしてつくったそのシートには「とにかく光がほしい」「ホームパーティのできるキッチン」などの要望が書き込まれていたが、それぞれの空間のイメージについてもある程度具体的に伝わる内容だったようだ。
「とてもきれいにまとまっていて、玄関入ってすぐの1階のギャラリーからすでにこういう雰囲気の空間にしたいというのが十分伝わってきました」(篠崎さん)。篠崎さんはまた、Sさんたちの家づくりにかける熱量がとても高く、それが設計のモチベーションになったとも話す。
一緒にいることが感じられる関係
各スペースは夫婦からの要望を篠崎さんが具体的な形へとうまく落とし込んでいった。たとえば3階では、1階につくった中庭スペースがそのまま最上階の4階までヴォイドとなって続いているが、その部分の両サイドにリビングとダイニングがあり、中央にはキッチンを配している。
キッチンを中心にして3つのスペースが離れつつもつながるという関係性をもつというのはお2人から出されたリクエストだった。「たとえばダイニングで子どもが宿題をやっていて、僕がリビングでゲームをしているときに妻が料理をしているといったように、家族それぞれが別のことをしながらも一緒にいるように感じられる空間がいいね、という話はしていましたね」
夫婦こだわりのキッチンと書斎
ホームパーティができるというのがコンセプトだったキッチンは、厨房機器を手がける会社と奥さんが直で打ち合わせをしながら形にしていった。奥さんの夢でもあった「ホームパーティができるキッチン」は位置だけでなくその存在においてもこの家の中心的なスペースとなっている。
4階にはSさんがこだわった書斎がある。大学で教鞭をとるSさんには文章執筆ができて大量の本を収められるスペースが必要だった。幅が狭く奥行きのあるこのスペースには、まさにこもって執筆に集中するのにふさわしい落ち着いた空気感がある。
「当初はもうちょっと幅のあるスペースをイメージしていたんですが、出来上がってみるとこの幅がすごく良くてとても集中できる」という。
IKBとアヤナミブルー
夫妻は仕上げにもこだわった。壁などに塗る色から床のタイルにフローリング材。色ではまず玄関ドアの青色が印象的だが、これは「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」という色で、フランスの美術家のイヴ・クラインが自ら開発したものだ。「昔から夫婦で好きな色だったので、ドアはそれにしようかとけっこう早い段階で決めていました」
顔料はイヴ・クラインのために色を調合したパリの店からネットで購入。さらに他の階にも色を入れていこうということになり、4階の書斎の一部を『エヴァンゲリオン』の綾波レイをモチーフにした「アヤナミブルー」に塗ることに。「そうしているうちに、間の3階や2階のトイレにも色を入れようということになったんですが、これがすごく良かったと思いますね」
一軒家に住むのも初めてというSさんは、「愛着が日々育っていくってこういう感覚なんだなと思いますね。窓からの眺めも森だけでなく、中庭を挟んで向こう側に見える家の感じもいいなぁと。それからまた、家の中の風景も日々楽しんで味わっていますね」
「暖かくなったら3階のテラスにテーブルを置いて、森を眺めながら、夕方からビールでも飲んでの夕涼みもいいでしょうね」
こう話した後に、「それ、最高でしょうね」と続けるSさん。
これまでの賃貸マンションでの生活とは違い、「人生の安全地帯」、戻ってくる場所みたいなものが初めて確保できた感じがするという。
これからまた家の味わい方も発見しながら、さらにまたその感を強めていくのだろう。
設計 株式会社篠崎弘之建築設計事務所
プロデュース ザ・ハウス
所在地 東京都目黒区
構造 RC造+鉄骨造
規模 地上4階
延床面積 97.18m2