Architecture
住み慣れた場所で建て直す内部化された庭を中心に
家族が暮らす家
家のあり方を決めた2つのリクエスト
2世帯の3世代が暮らすT邸は埼玉県東部の住宅地に建つ。敷地は40年以上前に宅地開発された土地で周りにはびっしりと家が建て込んでいる。外観は日本家屋と箱形のボリュームをトリッキーに組み合わせたようなデザインが特徴的だが、敷地の中での配置にも特徴がある。周囲の家が敷地の北側に寄せて南側に庭を取っているのに対して、T邸はほぼその中央に建っているのだ。
間取りや使用する素材などに対しては、具体的なリクエストはほとんどしなかったというT夫妻。しかし、長年住み慣れた場所であるがゆえのリクエストがあり、それが結果的に敷地の中での配置の変更とともに家のつくりを決める大きなファクターとなった。
もうひとつのリクエストは庭に対してのもの。庭は花を植えたりと見映えをよくすることにも大変な手間がかかるが、草むしりの作業も大変だ。「これから年齢を重ねていくうえでも大きな庭は管理できない」ということからスケールダウンすることにした。
「視線をコントロールし庭をスケールダウンするために、窓辺を隣の敷地に寄せずに少し引いた場所につくり、間にクッションとして庭を挟み込むというような配置にしました」と田村さん。
真ん中にガランドウをつくる
同時並行して内部のつくりも詰められていった。玄関を入って廊下を少し進むと高さが4mの大きな空間に出るが、この空間から各部屋が張り出すように配置されていて、一見して多様な場がつくり出されているのがわかる。
田村さんはこのつくりについてこう説明する。「その多様な場所同士が近からず遠からずという関係ができればいいなと。そこでまず中心にガランドウの母屋をつくって、このいわば室内化された中庭に対して、さまざまな生活の要求に応える部屋たちがちょっとずつあふれ出すというイメージですね」
ただそのほかの部分とのコントラストをはっきりさせてしまうとこの中庭が取り残されてしまう。そこで、各部屋を少しずつ寸足らずにして機能があふれ出るようにしているのだという。「アクティヴィティがはみ出るというか、空間をまたがらないと活動できないようにしてあります。中庭か部屋かどちらにいるのか少しわからなくなるような感じがあるといいかなと思いました」と田村さん。
不思議な感覚の空間
どの部屋も扉を設けずに室内化された中庭に対して開かれているが、このつくりに対しての反応はさまざまなようだ。娘さんは「どちらかというと囲われたところが好きなので、家族の出す音が聞こえてくる環境にはまだ慣れが必要」と前置きしつつ、「中2の息子との関係を考えると、男の子ですし親に対して閉じたいと思ったときに、部屋自体が完全に閉じられるつくりになっていると関係性が少し難しくなるかなという心配があったんですが、そのあたりはこのつくりで何をしているのかはなんとなく伝わるし、距離感としても近く感じられているのかなと思います」と話す。
さらにまた、「わたしの部屋は2階ですが、音は聞こえつつも視線は閉じられているので不思議な感覚がありますね」とも。息子さんのほうは「これまで自分の部屋から声を出して家族に何かを伝えるようなことはなかったのですが、そういうことができるようになったのは前の家からの変化としていちばん大きい」と話す。
ここがうちの庭
Tさんの奥さんが「ここがうちの庭だという意識がある」と話すのは家の中心につくられたガランドウの大きな空間だ。「朝起きて寝室からここに上がってくると庭に出てきたような気分になるんですね。と同時に“ああ、朝が来た”みたいな感じも味わえます」。さらに「普通の声で“もう時間だよ”と言ってもみんなに通じるのでとても住みやすいですね」とも。
元の家は南側に庭があっても1階には日が当たらなかったという。でも今は1階のフロアにも日が差し込んできて十分に明るく、また天井が高くて開放感もある。まさに体験としては戸外の感覚に近いものがあるのかもしれない。
内部化して生まれ変わったT家の庭は、すでに家族にとってなくてはならない存在になっているようだった。
設計 一級建築士事務所松岡聡田村裕希
所在地 埼玉県上尾市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 101.722m2