Architecture

鎌倉の景観に溶け込む緑の中に静かに佇む
和を再構築した黒い箱

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窓から開ける景観を活かして

「子どもが生まれたこともあって実家に近い鎌倉で探していたのですが、この土地を見て即決しました」。
都心のマンションに暮らしていたインテリアデザイナーの新谷憲司さんが、緑深い鎌倉の山の中腹に一軒家を構えたのは約1年半前。曲がりくねった坂道を登っていく途中に、焼スギの外壁に囲まれた瀟洒な家が現れる。
「この場所を見て、ここに3階建ての家を建てたらおもしろいものができるな、と思いました。森に囲まれた平坦ではない土地なので、フロア毎に違う景色が開けてくるイメージが思い浮かんだんです」。
“坂から登ってくる家”をスケッチで描いて建築家に相談。間取りなど自分で考えたものを基にプランニングを進めた。

坂の途中に建つ焼スギの外壁の家。鎌倉の静かな森に、寄り添うように佇む。
坂の途中に建つ焼スギの外壁の家。鎌倉の静かな森に、寄り添うように佇む。
ガレージにはストレージも。庭の手入れも楽しみのひとつ。
ガレージにはストレージも。庭の手入れも楽しみのひとつ。

庭を眺める作業スペース

1階から3階まで、それぞれの開口が違った景色を切り取る箱のような家は、フロア毎に違った雰囲気を持つ。
「1階は何かができるスペースにしたい、と考えました」。
外から土間のようにつながったモルタル敷きの空間に、仕事場、DIYスペース、水まわりを設置。2階につながる階段には、壁一面に書棚を造作した。
「本棚は前に住んでいたところの1.5倍欲しいと思っていたんです。オフィスは都内にあるのですが、ここでも仕事ができますし、このスペースがあることで生活に余裕が生まれますね」。
大きな開口の向こうには庭の緑が広がり、外からの光を室内に運び込む。
「もともとここには昭和30年代の古屋が建っていて、庭には古い大木もありました。その木を残しながら、この場所で育ちやすそうな木を調べて、新たに植栽したんです。今は育っていくところを見守っています」。

豊かな自然を切り取る1階の開口。まわりを散策してはどんな木が育っているのかを研究したそう。
豊かな自然を切り取る1階の開口。まわりを散策してはどんな木が育っているのかを研究したそう。
モルタルがクールな水まわり。洗面には実験用のシンクを使用。
モルタルがクールな水まわり。洗面には実験用のシンクを使用。
窓からの景色が心地いいバスルーム。緑を眺めながらの朝風呂も。
窓からの景色が心地いいバスルーム。緑を眺めながらの朝風呂も。
土間のような1階のスペースでは、仕事をしたり、本を読んだり、庭を眺めたり。
土間のような1階のスペースでは、仕事をしたり、本を読んだり、庭を眺めたり。
仕事机の向こうのDIYスペース。有孔ボードにツールを吊るす。
仕事机の向こうのDIYスペース。有孔ボードにツールを吊るす。
古道具屋で見つけたという、時代を感じさせる背負子が風情たっぷり。
古道具屋で見つけたという、時代を感じさせる背負子が風情たっぷり。

薪ストーブありきで考えた

広々とした2階のLDKは、大人数で集まることの多いライフスタイルに合わせて設計。3方向の開口から眺められる緑と、黒を主体としたインテリアがコントラストを生んでいる。
「最初は箱のような家にしようというだけで、イメージは決まっていなかったんです。その後、長野の中川村に薪ストーブを見に行って、具体的になっていきました。薪ストーブからデザインしたと言ってもいいですね」。
夫婦ともに外せなかったというイエルカワインの薪ストーブの黒に合わせて、キッチン台に黒皮鉄をあしらい、ダイニング側には大きな黒皮の壁を立てて空間のアクセントに。
「天井も最初は木を現していて山小屋風だったのですが(笑)、黒く塗装しました。黒い家にするつもりは当初なかったのですが」。
書棚のある階段側は、黒いアイアンの柵が仕切りになっている。工業的なマテリアルを使いながら、どこか和の意匠も感じさせるのが落ち着くところ。
「考えたのは日本家屋の再構築です。和の曖昧なものを現代的に解釈して取り入れられたらと」。
細かなところに和の素材を用い、“交換”により繕っていく、そんな日本の昔の暮らしも踏襲されている。

書棚をバックにしたリビングは、バルコニーや開口からの光で陰影が美しい。夜はスポットライトとウォールランプでほのかに灯す。ソファーはデイベッドのようなサイズ感で造作したもの。
書棚をバックにしたリビングは、バルコニーや開口からの光で陰影が美しい。夜はスポットライトとウォールランプでほのかに灯す。ソファーはデイベッドのようなサイズ感で造作したもの。
黒皮鉄をあしらったキッチン&ダイニング。引っ越し前から持っていたザ・コンランショップのダイニングテーブルがきれいに収まるように設計した。
黒皮鉄をあしらったキッチン&ダイニング。引っ越し前から持っていたザ・コンランショップのダイニングテーブルがきれいに収まるように設計した。
現しにした天井を黒く塗装。キッチンは大勢でのパーティーにも対応できるよう2列に。2階キッチンの開口は、道行く人の目線と同じ高さになっている。
現しにした天井を黒く塗装。キッチンは大勢でのパーティーにも対応できるよう2列に。2階キッチンの開口は、道行く人の目線と同じ高さになっている。
長野県上伊那郡中川村にあるイエルカワインの薪ストーブが鎮座。これ1台で冬もエアコン要らず。
長野県上伊那郡中川村にあるイエルカワインの薪ストーブが鎮座。これ1台で冬もエアコン要らず。
料理好きな憲司さんがキッチンもデザインした。使い込んだ調理器具がずらりと並ぶ。
料理好きな憲司さんがキッチンもデザインした。使い込んだ調理器具がずらりと並ぶ。
黒皮鉄の壁の前でブルテリアの谷氏と。イスはアルミニウムを原材料としたネイビーチェア。
黒皮鉄の壁の前でブルテリアの谷氏と。イスはアルミニウムを原材料としたネイビーチェア。
アイアンのフェンスは藤沢のさいとう工房にオーダー。書棚との組み合わせが独特の世界観を構築。
アイアンのフェンスは藤沢のさいとう工房にオーダー。書棚との組み合わせが独特の世界観を構築。
オリジナルで考案したワゴン式収納。奥の方の食器も楽に取り出せる。
オリジナルで考案したワゴン式収納。奥の方の食器も楽に取り出せる。
2階の凹凸のある床はフレンチパイン。階段〜3階は無垢のナラ材で。
2階の凹凸のある床はフレンチパイン。階段〜3階は無垢のナラ材で。

吹き抜けが温かな空気を運ぶ

「吹き抜けは戸建てならではのものですから、絶対に設けたいと思っていました。光が下に落ちていく具合も計算しました」。
3階の南側に設けたスリットから入る光が、2階のLDKに届く。吹き抜けを介して、それぞれのフロアの気配も感じることができる。
「3階の居室にも仕切りをつくるつもりはなくて、真ん中を解体できるクローゼットで仕切っているだけなんです。建具などもほとんど使っていないので、実はローコストで建てられましたね」。
薪ストーブを炊けば、真冬でも3階まで暖かい空気が流れる。居心地のよさからか、自宅で過ごす時間が長く、鎌倉に来てから外食することなどもほとんどなくなったそう。
「最寄りのコンビニまで10分、レストランも早く閉まってしまったりと、決して便利ではないですが、ここに来て暮らしを楽しむようになりました。デザインを考えるのも楽しかったし、今は終わっておもちゃを取り上げられたみたいで(笑)。これからはDIYで少しずつ変えていくのが楽しみですね」。

手すりには竹をDIYで取り付けた。スリットから光が差し込み、吹き抜けを介して家族の気配が伝わる。クローゼットも以前の1.5倍の容量に。
手すりには竹をDIYで取り付けた。スリットから光が差し込み、吹き抜けを介して家族の気配が伝わる。クローゼットも以前の1.5倍の容量に。
現在は妻・朋子さんの仕事机などを置いている部屋。こちらの開口からは崖が望める。
現在は妻・朋子さんの仕事机などを置いている部屋。こちらの開口からは崖が望める。
「入居当初は朝、鳥の鳴き声がうるさいくらいで…」というベッドルーム。
「入居当初は朝、鳥の鳴き声がうるさいくらいで…」というベッドルーム。
鎌倉の空気にしっくりとなじむ家。バルコニーではハーブなどを育て料理にも活用。
鎌倉の空気にしっくりとなじむ家。バルコニーではハーブなどを育て料理にも活用。

新谷邸
設計・建築 アーク・コンストラクト
インテリアデザイン a3
所在地 神奈川県鎌倉市
構造 木造SE工法
規模 地上3階
延床面積 120㎡