Architecture
“路地庭”と“屋根庭”のある家 吹き抜けの窓を開けると
心地の良い半屋外空間に
「自邸」感覚で設計
中村・藤井夫妻はともに建築家。2人で設計したこの住宅に住み始めて3年ほど経つが、この家はいわゆる「建築家の自邸」として設計されたものではない。もともとは中村さんの高校のときの友人のためにデザインをしたもので、その友人夫妻が海外に赴任することになり移り住むことになったという。
そのお施主さんからの要望はまず「明るくて開放的な家にしたい」ということと「緑が見える庭をつくってほしい」ということがメインで、そのほかは家族構成の変化に対応可能な間取りとキッチン、バスに関するものがあった以外はほとんど任せてもらったという。
「クライアントがたまたま古い友人でかなり感覚的に近いというのはお互いわかっていたので、細かい要望はそれほどありませんでした」
それが結果的に「当初から自邸をつくるような感覚で設計する」ことになったという。いつもの住宅設計のように「ロジカルに考える」というよりは「自分が気持ち良ければ気持ちのいい家ができるだろうという感覚的な部分が強かったかもしれない」とふりかえる。
路地状の庭をめぐらす
実際の設計に際しては「庭をどうとるか」をまず大きなテーマに据えた。35坪ほどの敷地でかつ南側にすぐ家が迫っている状況では南に庭をつくっても年中日陰の庭になってしまう。そこでどうしようかと考えていた時に「敷地調査をしながら街を歩いて回ったら路地状の庭のようなものを多く見かけて、住人がそれぞれ好き勝手に緑化しているんです。そこからヒントを得て、そういう路地状の庭を設計に取り込めないかと考えた」(中村さん)という。
内部空間の設計ではこの路地庭と関連付けて考えられた部分も大きかった。「この敷地の周囲にめぐらして緑を植えた“路地庭”は庭とは呼べないくらいのちょっとしたスペースなんですが、これと対比的になるように、細い路地庭を抜けて中に入るとこの吹き抜けの大きな空間を味わえることが大事だと思った」と藤井さんは説明する。「つまり路地庭と連続するような半屋外的な環境をつくるのがとても大事だろうと思いました。そうすると光もいろんな方角、高さから入ってくるべきだろうということになりました」
あいまいな空間をつくる
1階で土間部分を広く取ったのも路地庭からの連続性を考えてのことという。「路地庭から入ってきてすぐ室内というよりは中なのか外なのかがあいまいなスペースになるといいのではないかと考えました。窓を開け放つと半屋外のようになるイメージですね。そこで思い切ってほぼすべての床を土間にしようという提案を最初にしたんです」(中村さん)
「あいまいな空間に心地良さを感じる」という中村さんの感覚は仕上げに対する考え方にも現れている。「この家の素材の使い方もおもしろいとわれわれは思っていて、壁は砂入りの漆喰ですが、天井は木毛セメント板。ラワンやフレキシブルボードも使っていて、これらは下地材として使われてきたものなんですね」。美しく仕上げすぎたものに窮屈さや居心地の悪さを感じてしまうので、「パチッと決まりすぎないラフな感じ、未完成の感じ」に落ち着くように考えたという。
屋根に大きな庭をつくる
大きな吹き抜け空間の上には寝室が載りその周囲を広いルーフテラスがめぐる。「周囲にめぐらした路地庭が小面積ですんだ分、建物自体がゆったりと取れたので、2階は寝室以外はまるまる“屋根庭”と呼ぶスペースをつくることができました。大きな庭と小さな部屋ということで、1階の大きな吹き抜けとその周囲の小さな路地庭とはとても対照的な空間になっています」(藤井さん)
この屋根庭は日当たりがいいのではっさくやきんかんやブルーベリー、桃などの果物のほか、夏場には野菜も取れるという。「夏はうちの子どもの友だちやいとこが来ると一緒にミニトマトをもぎ取って食べてそれからプールに入ってみたいな感じで過ごしたりします」(藤井さん)。屋根庭でご飯を食べることもあり、夏の夕暮れ時に飲むビールは格別という。
吹き抜け空間が心地良い
実際に住んでみて夫妻ともに初めから自分たちの家のようなフィット感があったというが、藤井さんは設計時には5m近くある吹き抜けの高さに確証がもてなかったという。「大きな模型をつくって何度も検証しましたが、人が住む空間としては大きすぎないか、落ち着かないのではないかという懸念もほんの少しありました。でも、いざ住んでみるとすごく気持ちがいいし床に座ってもちょうどいい高さでとても気に入っています」
中村さんもこの同じ吹き抜け空間が気に入っているという。「ぼくもこの気積の大きさがいちばん気に入っていて、コロナ禍で家にいる時間が増えてもまったく苦にならないというか、むしろまったく外に出なくてもいいぐらいの感覚があります。ここは窓を開け放てば風が通り光が入ってくるのでちょうど心地のいい日陰の半屋外みたいな空間になる。その環境のあり方みたいなものがとても好きですね」。
さらに加えて、中村さんは「家ではあるけれども家でないようなあいまいさ」も気に入っているという。この吹き抜け空間を実際に体験してみるとたしかに、中村さんが話すような「あいまいさ」がこの住宅の魅力になっているのは間違いない、そのように感じられた。
池上の家
設計 中村俊哉+藤井愛/ship architecture
所在地 東京都大田区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 112.96㎡